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プロローグ:淫魔ザラキア

 真治は今、ひどくカオスな混乱の中にいた。    残業続きの寒い夜、自宅に帰る途中でふっと魔が差して回送電車に飛び込んだところまでは覚えている。だが、自分が『死んだ』という実感は全くない。それどころか、自分を裸に剥いて妙な椅子に固定した、上級淫魔であるというザラキアの体温や息遣いは悪い夢よりよほど鮮明に感じられた。  では、これは現実なのか?聖書か何かで聞いたことのある街の名前を、彼は口にしていた。目の前のザラキアは、男である真治が思わず見とれるほど綺麗な顔立ちをしていて、その長い耳も角もリアルすぎてとても偽物には見えない。  ぐるぐるとループする思考の中で凍り付いた真治を余所に、ザラキアは、膝を折って真治の剥き出しの下半身を覗き込む。長い指先が、ひた、と両脚の奥の信じられないような場所に触れてきた。ヒッ、とか細い悲鳴を上げて身体を凍らせ、反射的に、椅子に固定された手足をばたつかせて逃げようとした。  「やだ…ッ──!そんなところ…!…さ、触らないで──ッ…!」  「はぁ?何言ってんだ、お前。ただ、穴の具合を見てやるだけだろうが。人間なら、こんなの当たり前だろ?」  さも当然のように言い放ち、長い中指の先がズプリと無慈悲に尻の中に潜り込んでくる。その瞬間、びり、と走る経験したことのない痛みとショックに、真治は身体を強張らせて大声で叫んだ。  「い──、痛い…ッ──!」  「…あ…?」  ぎゅうぎゅうと異物を排斥しようと狭まる穴に、ザラキアは違和感を覚えたようだった。他人の目の前に曝すだけでも恥ずかしくて仕方のない秘部は、中指の第一関節だけを飲み込んだところで痛みに震え、先への侵入も、激しい動きも許さない。彼が緩やかに指を動かして入口のきつさを確かめるだけで、びりびりと耐え難い痛みが走った。  何でこんな目に遭わせられなければいけないのだろう、痛みと共にそんな絶望感が真治を打ち据え、両眼からぼろぼろと涙が溢れ出す。そんな真治の、決して演技ではない苦痛の顔と、ごく浅くしか開けなかった穴の縁とを交互に眺め、ザラキアは眉根を寄せて真顔を作っていた。  「──何だ、こりゃあ。攻めの牡奴隷にしちゃあ、ブツも体格も小さすぎる。なのに、肉穴の周りには裂けた傷ひとつない。穴をキツくする手術の痕も、全く見当たらねぇ。この(トシ)の人間で、こんなに穴が狭いなんてあり得るか…?」  「いッ、痛い、痛い──です、…揺すらないで、お願いですから──!」  ただ、何かのチェックをするように無造作に、誰にも触られたことのない穴の中を掻き回そうと長い指が動く。その度に、敏感な入口の皮膚が軋むような痛みを訴えて、溢れ出す涙は止まるところを知らない。    その瞬間、ザラキアが何かに気付いたようにハッと大きく目を見開き、ヒュゥ、と口笛を鳴らした。  「…お前、まさか、『迷い人(ワンダラー)』じゃねえのか…?何百年、いや、何千年かに一度、街のど真ん中で金鉱を見つけるよりはるかに低い確率で、よその世界から人間が飛ばされてくるっていう…。──なぁ、お前。生まれてから今まで、何年生きている?そんで、名前は何だ。」  真治の中に埋めていた指をつぷりと引き抜き、立ち上がりながら捲し立てるように矢継ぎ早に浴びせられる質問の数々を一瞬で処理できるほど、真治は器用ではなかった。ただ、やっと解放された、という安堵感と共に深い息を吐きながら、辛うじて答えられることだけを蚊の鳴くような震える声で絞り出す。  「名前は…真治、です。三十二歳になります…。」  「三十二年ものだと?──シンジ、シンジ。それも聞いたことのねぇ響きの名前だ…。性奴隷の血統書にはない黒い眼に、黒い髪に、肌の色。何てこったよ、こりゃ、とんでもねぇ稀代の拾い物をしちまったみたいだな、俺は…!」  さも嬉しげに、天を仰いで大声で笑い出すザラキア。彼の言葉の意味をぼんやりと考えると、少なくともここは、真治が元いた世界とは全く別の世界であると解釈するべきなのだろう。あの瞬間、どんな神様の気紛れでこんなことになったのかは解らなかったが、悪い夢ならば早く醒めて欲しいと思わずにはいられなかった。  不意に、ザラキアが顔を覗き込んでくる。溜息が出るほどに整った、綺麗な笑顔だった。  「逃げ出した性奴隷なら、軽く調教して市場で売り捌いてやろうかと思っていたんだが、一攫千金の迷い人(ワンダラー)となれば話は全く別だ。──なぁ、お前。…あぁ、名前があるならシンジと呼んでやろう。お前、『処女』か?」  「は──?」  一体、何のことを言われたのか解らなかった。ただ、ザラキアの顔をじっと見詰めてまたたきを繰り返すばかりの真治の両脚の間に腕が伸び、指の先が、先程まで狭さを検分されていた恥ずかしい穴の上をトントンと叩いてくる。  「ここに、ご主人様の股間のブツを捻じ込まれたことがあるか、って聞いてんだ。解るか?男のモノで犯されて、中に精液をぶちまけられたことはあるか?」  「ひ…ッ、──あ、ありません!そんな…ある訳ないじゃないですか!…だから、離して下さい…。お願いです──!」」  「──おいおい、参ったな。本物かよ…。噂にしか聞いたことのない迷い人(ワンダラー)が、今、俺様の所有物で、しかも、三十二年物ヴィンテージの処女…?あー、気付いてよかった。危なく、城が建つほどの商品価値を台無しにしちまうところだった…。」  恐怖に震える真治の懇願を尻目に、ザラキアはうっとりと溜息を吐いた。そして、短い真治の黒髪に指を潜らせてサラリと、まるで犬か猫にそうするかのように撫でてくる。  「離したところで、帰り道のない迷い人(ワンダラー)が他にどこに行くってんだ?──シンジ、お前は、俺がソドムの性奴隷(セクシズ)として立派に調教してやろう。」  「性…奴隷──?」  あまりに聞き慣れない、そして信じられない名詞に、目を見開いてゴクリと唾を飲み込む。  「この街にゃあ、天に背いた魔物しかいない。魔種が主体で、人間は皆、血統まで管理された奴隷(ドール)性奴隷(セクシズ)だ。仮に持ち主のない人間を見つけた場合は、初めに見つけた奴の所有物になるのがルールだからな。…まぁ、安心しろよ。奴隷調教師の中でも、このザラキア様は気長で腕がいい。こんな狭い処女穴に、発情したオーガのどでかいブツなんぞいきなり捻じ込まれてみろ。お前、引き裂かれて死ぬぞ?」  「──ッ!」  これが、死ぬつもりで線路に命を投げ出した罰だとでも言うのだろうか。人間は全て魔種のために飼われる奴隷、そんな(ねじ)れた異世界に真治はいる。ザラキアの言葉を聞き、背筋にひやりと寒気を感じた。そして、ザラキアは真治を『性奴隷(セクシズ)』として調教するつもりだと言ってのける。逃げることもできず、元の世界への戻り方もわからず、その上、これからどんなことをされるのかちっとも見当がつかなかった。

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