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3日目:性奴隷(セクシズ)の意義

 どうやら、あの調教部屋の中でしばらく気を失っていたらしい。ふと意識を取り戻すと、シンジは、赤黒く、少しばかりぬめりのある湯水が張られた浴槽の中に身体を浸されていたのだ。風呂桶を満たすその液体は色こそ不気味だが、匂いも、質感も、さほど悪いものではない。調教の際に与えたダメージを早く癒す効果がある、とザラキアは言っていたので、人間の世界で言う入浴剤のようなものなのかもしれない。  淡々とシンジを入浴させる二体の労働奴隷(レイバー)の他に、今日は、どういう訳かザラキアがそこにいた。白い陶器の猫足バスタブのそばで椅子に腰を下ろし、まだぼんやりと焦点が定まらない瞳をしたシンジをじっと眺めている。  「──なぁ、お前の住んでた異世界って、どんなところだったんだ?」  「…え──?」  不意に、彼が問い掛けてきた。今までは、シンジの身の上について尋ねたことなどもなかったザラキアの顔には、ありありと興味の色が浮かび上がっている。  「住んでるのは人間だけか?どんな世界で生きてきたんだ?シンジは。」  「え、えぇと──。まず、僕の世界に魔族はいなくて──。」  「へぇ、人間だけの世界、ねぇ…。」  ここソドムとは全く常識が違うのであろう、シンジが三十二年間を生きてきた世界について、何から話していいのかも解らなかった。存分に頭を悩ませながらも、世界のこと、人種のこと、社会のこと、そして労働のことと、どうしてこの世界に飛び込んでくることになったのか、その経緯(いきさつ)まで、口下手なりに言葉を選んで話し続けた。ザラキアは口を挟むでもなく、ただシンジの口から紡がれる異世界の話に、時々片耳をぴくぴくと揺らしながらじっと聞き入っている。  「じゃ、何。お前、自分で死のうと思ったワケ?労働が辛すぎて?」  「──は、はい。…まぁ、結果的には、そういうことになります…。」  シンジの話を聞き終わるや否や、ザラキアは深く溜息を吐き、顔を(しか)めながら大袈裟に肩を竦めて天井を仰ぎ見た。  「そりゃあ、何の救いもねぇ世界だな。人間が同じ人間を支配する…なんてよぉ。(いびつ)にも程がある。お前、元の世界でもまあまあ奴隷だったんじゃねぇか。」  「はい…?」  彼の言葉に、ドキンと胸が高鳴った。  「だって、逆らいもしないで、したくもない重労働を押し付けられて、その上、ご褒美さえ貰えなかったんだろ?労働奴隷(レイバー)みたいに精神改造を受けてる訳でもねぇのに。そりゃ、奴隷に対する虐待だと俺様は思うね。何せ、このザラキア様には、奴隷は飴と鞭でもって躾けるっていうポリシーがあるからなぁ…。」  「──。」  虚空で眼を彷徨(さまよ)わせ、何も言い返せないシンジがいた。労働と他者のストレス発散のためだけに存在する会社員という名の奴隷、いや、魔物のザラキアに言わせてみれば、それはソドムで飼われる性奴隷以下の扱いだったのではないか。そして、この世界の常識として人間を性奴隷や労働奴隷としかみなしていない奴隷調教師のザラキアの方が、いっそ人間に対する感性が『まとも』であるとすら思える。    「──だからさ、シンジ。お前、俺様に拾われてラッキーだったと思えよ。」  やおら、ザラキアが琥珀色の指先を伸ばしてシンジの顎をグイッと捕まえてくる。魔種でありながらどこまでも整った美人に笑顔で真正面から見詰められ、思わず顔が赤くなるのを感じた。  「お前には、初めから元の世界よりソドムの性奴隷(セクシズ)が向いてんだ。…このスケベな身体は、調教されるためにあるようなもんだろ。ま、この俺に逆らいさえしなければ、悪くはしねぇさ…。」  この街で人間を支配する魔族であるザラキアは、楽しげに微笑みながら藍色の瞳を細めてシンジを見下ろしていた。

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