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堕落の都SODOM:まさかの異世界スキル

 退廃の都ソドムには、太陽がない。  古くは人間の都だったこの地は、神の怒りに触れて人間世界から切り離されると同時に、二つの月が代わる代わるに夜空に昇り、魔物たちが暮らすのにちょうどいい常夜の世界に変化していた。  「──う…ん…。」  今日も今日とて、シンジは、どうやらこっちが日中であるらしき明るい月が照っている時間帯から、大好きな主人であるザラキアに散々ハメ倒されてぐったりとベッドに沈められている。生まれつき快楽を好む淫魔という種族であるザラキアは、その長身にふさわしい大きな牡のモノを持っていたし、その上ドSの気が強く、快楽調教や娯楽の為だけのセックスの中でシンジが快感に溺れて大声で鳴き叫ぶことを何よりも喜んだ。  別に、それが嫌だという訳ではない。むしろ、愛玩性奴隷としてザラキアを喜ばせることこそ本望だし、今となっては、この身体は彼の手でどこにどう触られても、何をされても、面白いくらいに感じてしまう。  幸せな甘い重みがジンジンと(わだかま)っている身体の奥を少し持て余しながら、シンジはふと、隣で自分を抱き枕代わりに使ってくれるザラキアの姿がないことに気が付いた。  キングサイズのベッドの上からゆっくりと身を起こしてみれば、ザラキアは、茶色い重厚な木でできた書き物机に座り、長い髪をガシガシと掻きながら何やら低い唸り声を上げている。  「ザラキア…さま──?」  「…あぁ、クソッ!また間違っちまった──。どうにも苦手なんだよなぁ…。」  ブツブツと呟いて椅子をギシギシと軋ませているザラキアは、裸体に白絹のナイトガウン一枚だけを羽織ったしどけない姿だった。シンジが、ベッドの上を這うようにして近づいてくるのを一瞥すると、はあっと心底うんざりしたような溜息を吐いて再び机に向かい合う。  「金貨百枚に、もう五十枚の手数料を足して──。んで、更に三十五、三十八…?もう計算が合わねぇよ。これだから租税って奴は嫌いなんだ…。」  羊皮紙の上に羽根ペンを置き、長い指が、机の上でパチパチと音を立てて弾いている『道具』。その形を見るなり、シンジは瞬きをしながら素っ頓狂な声を出してしまう。  「ご主人様(マスター)、それ、ソロバンですか?──ですよね…?」  「…あァん?何だ、シンジ。お前の世界にも、算盤(アバカス)ってヤツがあったのか。──クッソめんどくせぇ。とっとと愛奴隷を抱いて一眠りしたいんだが、俺にはお前っつー臨時収入があったからなぁ。お(かみ)に収める金貨を計算しなけりゃならん。」  ザラキアの手の中では、黒い石でできたひし形のビーズのようなものがたくさん繋がった板が、ジャラジャラと音を立てている。その美貌を盛大に(しか)めて机に向かい合うザラキアは、ソロバンによく似た計算道具を使うのがすこぶる苦手なようだった。  「──えぇと、あの…僕…、お手伝いできる…と思います──。」  心の奥底からイヤそうな主人の顔を眺め、シンジはおずおずと口を開いた。行為の最中に引き剥がされた白い腰布を巻き直しながら、机のそばに歩み寄っていく。    「え、お前が?」  長い耳をピクピクと揺らしながら、軽い驚きを示すザラキア。その手元を覗き込むと、ローマ数字がたくさん書かれた一枚の羊皮紙がある。  「うん、これなら僕にも読めます。…もしよかったら、ご主人様(マスター)の代わりに僕がやりましょうか?」  「人間の、性奴隷(セクシズ)が、計算の手伝い?──あぁ、いや、先入観はよくないな。お前は人間の住む異世界から来たんだ、そういうことができても不思議はねぇ。…どれ、いっちょ見せてみろ。」  立ち上がって場所を空けるザラキアのぬくもりが残る椅子に座ると、淫らだった気分を切り替えるべく深呼吸した。装飾が洋風で、(たま)は少し大きいが、それは元の世界で見慣れたソロバンとほぼほぼ同じ構造をしている。アバカスと呼ばれたその道具の上に手を置くと、シンジは指先で全ての珠をジャラリと払った。親指と人差し指だけをソロバンの上に置き、他の三本指で羽根ペンを握る。  ザラキアは、すぐそばでその様子をじっと面白そうに見物していた。  「…タテとヨコの計算が合っていればいいんですよね。じゃあ…ご破算で願いましては、三十五金貨(なり)、四十八金貨也…。」  シンジの指が、素晴らしい速さで黒い珠を弾くのを見るや、ザラキアは呆気に取られてさっきとは別種の唸り声を立てた。昔取った杵柄がこういうところで役に立つとは、まさか思いもしなかった。  「──スゲ。何なのお前、人間のくせにヤベェ…。」  「…珠算検定二級なんですよね、僕──。」  子供の頃の根暗な趣味ですけど、と苦い笑いを浮かべながら、紙に書かれた数字を足し引きして、見る間に余白を埋めていった。  「お前、性奴隷(セクシズ)の癖に計算強過ぎだろ──。」  「あ、僕、会社で経理担当だったもので…。」  もう二度と使わないと思っていたスキルが、こんなところで炸裂するとは誰が想像できただろう。

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