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堕落の都SODOM:公爵様への御目通り
「えぇと、この計算は──。」
今や、ザラキアにすっかり任される、というよりか勝手にブン投げられるようになった金貨の勘定を、シンジは一人黙々と机に向かい合って算盤 を弾きながら片付けていく。純粋な性奴隷 としての役割にプラスして、元の世界にいた時は誰からも評価されなかったスキルでザラキアの役に立てているということが堪らなく嬉しい。同じ経理の仕事なのに、ザラキアが重宝してくれて、その上一仕事終えると目一杯褒めてくれるのだから、社畜であった頃とはモチベーションが違う。
たっぷり甘やかされ、キスをされて、『お前は俺様の最高の性奴隷 だ』と耳許で囁かれながら少し強引に攻められるだけで、心からとろんと蕩けていきそうだった。
そんなお楽しみタイムが待っていることを考えると気が散るので、精一杯努力して計算に集中し、羊皮紙に最後の一文字を書き込み終えたところで、丁度ザラキアがドアを開けて部屋に入ってくる。
おや、とシンジは思った。いつものちょっとした外出とは違い、彼は、シャツの襟元に絹のスカーフを巻いてきちりとしたスラックスに濃青のジャケットを羽織り、堅苦しい貴族のような装いをしていた。椅子を立ってザラキアのそばに近寄るシンジの髪を、褐色の肌を持つ長い指があやすように撫でる。明らかに、彼は複雑な表情をしていた。
「──あー…。ちっと、出掛けるぞ。お前も来い。っつーか、どっちかっていうとお前が主役なんだわ。…はー、メンドくさ…。」
「え──?僕、ですか…?」
ぱちぱちとまばたきをするシンジを見下ろし、ザラキアは溜息を吐く。
「…どうも、異世界からの迷い人 っていうモノを一目見たいっていうワガママなお偉いさんがいてな──。わざわざ、お前を連れて城まで来いとさ。まあ、それは俺様の上客だから、断るに断れねぇ。──あぁ、安心しろ。お前の白い首輪は終生奴隷 の証だから、どんな貴族だって手出しはできねぇ。それがこの街の絶対の掟だ。」
「はぁ──。」
ことりと首を傾げ、手招きをするザラキアの後に従って調教部屋とはまた別の部屋へと向かう。そこは、ザラキア自身や、あるいは他の何かの身だしなみを整えるための部屋だった。そこでシンジの髪を整えたり、宝石やアクセサリーを身に着けさせたりするための、巨大なドレッサー付きウォークインクローゼットのような部屋には数回、足を踏み入れたことがある。大好きな主人の手で着せ替え人形のように扱われたり、髪を触られたりするのも、今のシンジにとってはとても気持ちのいいことだった。
『僕が主役って…一体、何なんだろう。っていうか、城に行く、ってことは、ほとんど初めてソドムの街に出るってことだ──。』
あまり気乗りしない顔で、それでもシンジに似合うイヤリングや髪飾りを真剣に宛がっているザラキアを眺めながら、シンジは漠然と考えた。饗宴 に向かう馬車の中からは、街の様子は一切解らなかったから、もし外の様子を見ることができるのならば、この街の普段の生活というものを初めて目の当たりにすることになる。
生まれてこの方、他人の手でここまで熱心に着飾らされたこともなければ、着飾ったシンジにぜひとも会いたいという奇特な人物がいたこともない。とにかく、『注目を集める』ということに慣れていないシンジは、ザラキアの曇った表情の意味がよく解らなかった。
「あぁ、それと。」
と、腰を屈めて、額と額が触れ合うほどにずいっと顔を寄せながら、ザラキアはへの字に曲げた唇を開いた。
「いいか、お偉いさんの前で余計なことは喋るなよ──?特に、俺が人間の性奴隷 のお前に租税の計算をやらせてるってトコな、それマジで俺のプライドに関わるから。」
「は、はぁ──。」
言われるままコクリと頷く。まだ、この世界の価値観や常識には慣れきらない。とにかく、ただの奴隷であり、愛玩種である人間という種族に知的労働を任せるということ自体、魔族としてあり得ないことなのだろうと薄っすら思う。
程なく、ザラキアの手で完璧に身支度を整えられたシンジは、上等な白い腰布をきっちりと巻き付けられ、きらきらと輝く宝石で飾られて、同じく身支度を整えたザラキアと共に二頭立ての魔龍馬 が引く黒塗りの辻馬車に乗せられたのだった。
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