66 / 69
堕落の都SODOM:七つの美徳
「うぅう──。」
ここは、ザラキアの寝室。終生奴隷であるシンジがいつも繋がれている、甘くて広い檻の中だ。
その部屋の中で、二人が寝ても軽くスペースが余るキングサイズのベッドにうつ伏せになり、シンジは胸の中のモヤモヤと必死で戦っていた。
ことの始まりは、今朝の話だ。
屈強なオーガの配達人が、檻に入れられた一人の性奴隷 をザラキアの屋敷に運んできた。運搬用の小さな檻には布が被せられて中は見えないが、やり取りの様子を耳にしていたので、中身が何であるのかは解る。
「──んじゃ、これは伯爵からの依頼品と、先払いの分の代金だ。好みの仕様書は、この羊皮紙に書いてある。」
「んー、なになに…まあ大体『喉の奥も使えて、結腸まで一気に開けるように。しかし気品を落とさずに。』…か。あぁよ、伯爵に、任せなって伝えといてくれ。まあ、数週間もすりゃあ完成するだろ。」
いつものように、陽気でヘラリとした笑顔を浮かべて胸を張ってみせるザラキアは、陰で覗き見をしていたシンジの存在には気付いていないらしかった。
ザラキアが別の性奴隷 を調教する。考えてみれば、彼は最高位性奴隷快楽調教師 なのだから、調教師としても引く手あまたなのだ。快楽調教が彼の仕事、それは解っているのに、シンジの胸の中には、堕天使公爵アズラフィエルの城から帰る途中で覚えたのと全く同じ、複雑な感情が渦を巻いている。
机の上には、計算を頼まれたというより暗黙のうちに投げられた羊皮紙の束が。しかし今は、とてもではないがそれに手を付けようという気分になれない。眉間に皺を寄せ、膝をばたつかせながら、広いベッドのシーツの海でもだもだと長い時間をやり過ごしていた。
昼寝を挟みながら、数時間。
重たい部屋のドアが開き、一仕事終えたような顔で、主人であるザラキアが入ってくる。おおかた、預かった性奴隷 の今日の調教を終えたのだろう。ベッドの端に腰を下ろし、上機嫌でシンジを抱き取ろうとして、ザラキアはぴたりと手を止めてシンジの顔を覗き込んでくる。
「あン?お前、どうしたんだよ。シケたツラしてさぁ──?」
「…いえ、何でもないです。──えぇ、本当に何でもないんです…。本当に。」
顎の先を掴まれ、強引に視線を重ねられ、思わず目が泳いでしまう。何でもない、というのは本当のことで、これはシンジの気持ちだけの問題であるのだろう。ザラキアが他の人間を調教し、その人間を気に入って愛玩し始めたら?考えたくもないのに、妙な不安ばかりが頭の中に押し寄せてくるのだ。
明らかにいつものシンジらしくないシンジを、ザラキアはしばらく無言で眺めていた。
やおら小さな溜息を吐くと、彼は白い首輪とベッドの支柱を繋ぐ鎖を外し、ジャラリと音を立てて引き据えながら立ち上がる。
「…シンジ、ちょっと来い。」
「え──?」
有無を言わさずに鎖を引っ張り、元来たドアの方につかつかと歩むザラキアに引き摺られるようにして、シンジは慌ててベッドから置き上がる。長い廊下を、鎖を引かれながらザラキアの後に従って歩くのは、この街に飛ばされて性奴隷快楽調教を受けることになったあの七日間以来のことだった。
ザラキアが足を向けたのは、性奴隷調教のための部屋だった。回送電車に飛び込んだシンジはそこで目を覚まし、ザラキアの手で最高級性奴隷 として生まれ変わった。
ある意味、思い出の部屋でもある調教室の中にシンジを引っ張っていきながら、ザラキアはあの分娩台にも似た座位開脚調教台にシンジを座らせ、手を自由にしたまま足首だけをガチャガチャとベルト固定してしまう。腰布が捲れ上がり、秘め所が全て見えてしまう屈辱的な姿勢だ。
恥ずかしいM字開脚の格好と、それを見下ろす美しい淫魔の青年。今、あの時と全く同じ体勢で見上げるザラキアは、口許に残酷で愉しげな笑みを浮かべていた。
「──シンジ。お前、妬 いたな?」
「…え──?」
どういうことか、最初はピンと来ずにまばたきを繰り返す。妬く、つまりは嫉妬する、という意味だ。
「淫魔には、他人の気分が少しは解るって言っただろうが。──お前、俺が他の性奴隷 といい仲になるんじゃねぇかって、そんなくだらねぇコトを思っただろ。」
「うぅ──ッ…!」
見事に図星を刺されて、シンジは何も言えなかった。ぼんやりと視線を外して天井を見上げる終生奴隷を眺め、ザラキアはケラケラと陽気に笑う。
「…気に入った。」
「はい?」
てっきりひどく怒られるのだと思っていたシンジは、意表を突かれて裏返った声を出してしまう。
「このソドムの街には、七つの美徳がある。傲慢、強欲、嫉妬、憤怒、色欲、暴食、怠惰。──嫉妬は立派な美徳だぜ、シンジ。お前は大人しい愛玩種で、俺様に対しては従順だ。だが、一丁前に嫉妬っていう感情を持っている。ご褒美に、そんなことを考えられなくなるまでめちゃくちゃに調教してやるよ…。」
ともだちにシェアしよう!