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君臣 1

 疲労から眠りに落ちるなどいつ振りだろう。  休息とは、常に義務的なものであった。  柔らかく温かい寝具の中で目覚めたが、アルヴァは身じろぎをしなかった。  拘束はされていない。思っていたよりも体は軽く、傷も痛まなかった。  しかし何か、落ち着かなさを感じている。得物がないからか、慣れない奇妙な衣服のせいか。  置かれている状況からして、安寧が与えられるはずもなかったが、形容しがたいような違和感がつきまとっていた。  その理由の一つに、周囲に窓がないこともあるだろう。  今が朝なのか夜なのかさえ、知るすべがないのだ。  誰かがいる。  足音の重さや足取りから、無意識にその姿を想像した。少なくとも兵ではないだろう。  近づいてくる人物を見ようとして視線が合う。 「起きていたのか」  見知った優美な面立ちの青年は、居心地悪そうに少し目線をずらしてはにかんだ。 「殿下にこのような姿をお見せしてしまうとは……」  体を起こして、セフェリノを向く。 「まだ眠っていてもよかったんだ。疲れているんだろう」  スツールに腰を下ろしながら、困ったような表情をうかべ、青い瞳をわずかに伏せた。  眼の前の人にかける言葉が見つからなかった。敬愛する主がやっと目覚めたことを喜びたいはずなのに。  騎士の立場として、守られなければならないはずのかの人の体に不調がないか、眠り薬の副作用はないか案じ、今までのアルヴァなら最適な行動をとろうとしただろう。  しかし、言葉を継ぐのをためらっている。  交わったセフェリノの双眸は、何かを言いたげにアルヴァを覗き込んでいた。  不安そうな表情が、口にしようとする言葉をとどまらせた。 「僕が至らなかったせいで、おまえに苦しい思いをさせてしまった」  額を押さえながら低くそう言った。  部屋の灯りは薄暗く、輪郭のおぼつかない青年の肩は一層に細く小さく思える。  緩いウェーブをえがく柔らかな金髪を見つめていた。  高貴な立場にある彼が、臣下でしかない騎士に対して、同情じみたいたわりを抱いてほしくなかった。  正当なる王太子が自らを賤しむことなどあってはならない。  臣下に健在であると示し、護衛としての働きを当然として賞すればいいだけだ。  なぜ彼がこれほどに心痛した表情で、言葉を詰まらせるのか。  考えたくない推測が脳裏にうかんだ。  もし、セフェリノがこれまでのアルヴァが受けた辱めを知っているとしたら──  無論バルド達を許せはしないが、それよりもかの若い主が言葉にするのも憚られる行為を知ることの方が恐ろしい。  自身は護衛騎士にしか過ぎないのだから、情の深いセフェリノの心を煩わす誘因になるのは臣下として恥ずべきである。  口が渇くようだった。  瞑目し、力の籠もった指をひらく。  いくらか表情をゆるめた。安らいだ顔に見えるように努める。 「私は、……殿下がご無事であれば、どんな苦難もおそれはしません」  そんな声を聞いているセフェリノは、俯いたまま膝に置いた手を握りしめた。  片手で頬を無造作に拭い、目の縁を赤くしながら顔を上げる。  静かな微笑をうかべたアルヴァを見つめた。  形の良い唇を噛み、セフェリノは言葉を探している。 「そんなの、僕を安心させるための嘘だろう……自己犠牲は美しいものなんかじゃない」  涙が零れるのを堪えようと唇を引き結んでいたが、じわじわと目尻が濡れる。 「嫌だ、と……辛くて仕方がないと、逃げ出したいと言ってくれ。僕だったら耐えられない……」  心優しい王子は、アルヴァ本人よりも深く悲しんでいた。  小さくなっていく言葉端は掠れている。  視線を落とすと束ねていない長い髪が額と頬にかかる。  髪の黒色が、視界の隅に影をつくり、いつもより重苦しく思えた。  ひとつの確信が形になる。  そのせいで澱のように心が濁っていった。  やはりバルドはセフェリノに全て話している。  あの狡猾な男は取引きの道具にできるならばすぐに使うに決まっている。王子に罪悪感をいだかせるために言ったのだろう。  手持ち無沙汰に寝具に触れ、撫ぜた指を見ながら、アルヴァは短く息を吐いた。  思案はまとまらない。にがいものが喉の奥につかえているようだった。  二人の間に満ちた沈黙が胸を締め付ける。

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