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第7話 3章 出会い
蒼の北畠家再訪の土曜日、蒼はお泊りセットと勉強道具を持ってやって来た。蒼もこの日を楽しみにしていて、準備は前日済ませていた。この日を楽しみに待っていたのは彰久だけではないのだ。
雪哉との約束通り、10時に着いた蒼はインターフォンを鳴らした。すると、たたたっと音がしたら、がばっとドアが開き、彰久が飛びついて来た。
「うわっ! あっ、あき君!」
「もうーっ彰久は、いきなり飛びついたら蒼君びっくりするじゃないか、こんにちは、いらっしゃいませってご挨拶しなさい」
「こんにちは、いらっしゃいませ!」
「こんにちは、お邪魔します」
「おじゃましてね」と言いながら、小さい手で蒼の手をつかみ中へ連れて入る。
「蒼君勉強道具も持って来たね、今尚久寝てるから、今のうちにしようか。彰久、ママと蒼君は今からお勉強するから、静かに待ってなさい。お利口にしてたら、後で蒼君遊んでくれるよ」
「ほんとに?」蒼が頷くと「じゃあぼく、おりこうしてるよ」
リビングで蒼は勉強道具を広げた。あらかじめ教わりたいと、持ってきた数学の問題集。蒼の横には、彰久がちょこんと座る。そして、先日蒼に読んでもらった鼠の少年の絵本を開く。その姿に頷きながら、雪哉は蒼に問題の解き方を教えていく。
「それが解けたら、こっちは応用だから分かるかな」
蒼の理解は早い。応用力もある。雪哉は率直に感心する。
「えらいね! 君は覚えが早いよ! まだ高一だけど、目指す大学はあるの?」
「僕実は、……お医者さんになりたいです」
「えっ! そうなの! 」
「あおくん、おいしゃしゃん」
「はい、無理かもだけど、先生みたいなお医者さんが憧れです」
蒼には雪哉は憧れの人だ。世間的に医者はエリートと言われ、アルファの多い世界だ。その中でオメガでありながら医者になり、患者にも人気があり、信頼も厚い。凄いな、自分もなりたいなと思う。
「そうか、それは嬉しいな。君なら、大丈夫だよ。勿論努力は必要だけど、頑張るんだよ。僕も応援するよ」
「ママ、おうえん」
「そうだよ。これからも遊びに来るときは、こうして教えてあげるよ」
「ありがとうございます。大学進学を父が許してくれるかは、分かりませんが、医学部合格目指して頑張ります」
「その問題は追々考えればいい。方法も色々あるだろうから。僕もオメガが医者になれるわけないって親を、説得するのは中々大変だった。だけど、強く望んで、それに向けて努力すれば、道は開けるよ」
この時から、蒼は、雪哉の母校の医学部合格を目指すことになる。真摯に勉強に取り組んでいく蒼を、雪哉も出来る限りの応援で、支えていくことになる。
雪哉にとって、蒼は昔の自分を見ているようなのだ。いや、昔の自分より更に、蒼の境涯は気の毒に思う。出来るだけの手を差し伸べてやりたい。自分に憧れる蒼、彰久が一心に懐く蒼には好感の思いしかない。それが雪哉の気持ちだった。
「よしっ! 勉強終わり! お昼の準備をしよう。と言ってもピザを頼むだけだけど」
「わーい! ぴーざっ!」
「ふふっ彰久好きだよな。蒼君もピザは好きかい?」
「はい、好きです。前は時々食べてました」
雪哉がピザのメニュー表を持ってくる。
「これ注文するんですか?」
「そうだよ、デリバリーのピザ知らない? 蒼君はどんなピザを食べてるの?」
「母が焼いてました。だから最近は食べてないです」
「手作りピザかあ、まめなお母さんだったんだね、さぞや美味しかったんだろうね。でも、デリバリーも結構いけるんだ。手軽だからこうしてお昼に時々頼んでるんだ」
蒼は初めて見るメニュー表を興味深く見ていく。色んな種類があって目移りする。
「今日は蒼君初めてだから、これにしようか」
雪哉が指し示したのは、一枚で四種類の味が楽しめるものだった。
「へーっこんなのもあるんだ」
「うん、これだといろんな種類が食べられる。そしたら好みも分かるだろう。次は好きなのだけ頼んでもいいし、やっぱりこれで、色々食べてもいい」
雪哉が注文を済ませると、三十分ほどで届いた。デリバリーなど経験したことのない蒼には、それも珍しいことだった。
ピザは、母の手作りピザとは違ったが、美味しかった。何より三人で、次はこれだよと言いながら食べるのは楽しい。彰久も、ピザが好きだと言うだけあって、結構食べている。頬に着いたトマトソースを拭いてやりながら、可愛いなあと思った。
ピザを食べた後、彰久は眠たくなったのだろう、蒼に体を預けながらまどろんだかと思ったら、そのままに眠ってしまった。せっかく寝たのを起こすと可哀そうだからと、蒼はそのまま抱いていた。
「あっ、寝ちゃったね」
授乳後、尚久を寝かしつけてきた雪哉が戻って来た。そして、二人で慎重に彰久をソファーに寝かせて、雪哉がブランケットを掛けてやる。
蒼は、彰久が寝ている間に心配していたことを、雪哉に尋ねた。
「あの、……僕お金持ってないのでさっきのピザとか。色々ご馳走になって申し訳ないって……」
「あのねえ、蒼君、君はまだ高校生で子供なんだよ。子供がそんなこと心配しなくていいんだよ。僕たちは君に来てほしくて誘ってるんだ。彰久だけじゃない、僕や高久先生もだよ。一緒に食べたら楽しいだろ、だからそんなことは言わないでほしいな」
雪哉にも蒼の心配を理解できた。真面目で奥ゆかしいから思うのだろうとも分かる。同時に、母親が亡くなってからは、大人に甘える経験が皆無なのだろうとも思う。そんな、蒼が哀れで、安心させてやりたかった。
「分かってくれたかな? ここで一緒に食べるのは勿論、あと今後は一緒に外食することもあるだろうけど、そんな時も一緒に美味しく食べてくれるだけでいいんだ。遠慮したり、お金のことは言わないこと。いい? 約束だよ」
蒼は嬉しかった。胸が一杯で、ただ頷くしかできない。
「そしてね、食べ物だけじゃない、何か物を上げることもあるかもしれない。それも受け取って欲しいんだ。君は子供なんだから甘えていいんだよ。それでね、もし恩返ししたいと思うなら方法があるんだ」
恩返し……何だろうと、蒼は思う。
「立派な大人になることだよ。蒼君は医者になりたいんだろう? 立派な医者になって、沢山の患者さんを救って欲しいな。君が医者になる努力をするなら応援するよ」
蒼にとって、憧れの雪哉の言葉は何より嬉しく、力になった。
この日の夕食は、肉じゃがや鶏の空揚げと言った、ありふれた家庭料理が並んだ。冷蔵庫に補充される料理がどんなものか聞くことはしないが、温かい家庭料理を食べさせたい雪哉の心遣いだった。
揚げたての鶏のから揚げは、かりっとしてとても美味しかった。蒼はもう遠慮しなかった。遠慮することがかえって失礼になると分かったからだ。彰久の世話をしながらも、よく食べる蒼を、雪哉と高久の夫夫はにこやかに見守る。
「明日は私も休みだからね、書店に行こうと思うのだが、蒼君と彰久も一緒に行くかい?」
「僕は尚久と留守番するから、三人で行っておいでよ」
「どこ?」
「ああ、本を売っているお店だよ」
「うん! いきたい、いきたい、あおくんもだよ」
戸惑いと遠慮を見せる蒼に。雪哉がすかさず言う。
「蒼君、遠慮はなしだよ」
蒼は頷いた。
この晩、雪哉は夫と二人になると、昼間の蒼の話をする。そのうえで明日は、蒼に色々な本を買ってやって欲しいと頼む。無論高久にも異論はないし、そもそもその思いがあって誘った事だった。
「ぼくもあおくんといっしょがいい!」
食後、蒼にお風呂を勧める雪哉に彰久が断固として言う。
「いや、でも……」
どうしたものかと、戸惑う雪哉。
「僕、一緒に入りますよ」
小さな子のお風呂、どうしてやればいいか、ちょっと戸惑うが、何とかなるだろうと思う。
「お願い出来るかな」
ここで、だめだと言っても彰久が収まるわけがない。普段は、割と聞き分けのいい子で、最近は弟が出来て、小さいなりに兄の自覚がある。なのに、こと蒼にかけては、絶対に引かないのだ。
雪哉は風呂の使い方の説明をする。
「シャンプーハットはこれ使って。そしたら頭からお湯流して大丈夫だから」
「はい、分かりました。じゃああき君入ろうか」
「うん!」
彰久はいそいそと浴室に入る。蒼は、先ずは彰久を洗ってやる。スポンジにボディソープを付けて泡立ててから、優しく洗っていく。彰久の体は小さくて柔らかくて、優しくしないと壊れそうで怖い。
洗いながら、当然彰久の男の子が目に付く。こんな小さい子でも付いてるんだと、妙に感動する。これも洗うのか? いやいや洗わないとだめだよね。どうやって? 蒼は指でそれをひょいと支えて泡で包み込んでやる。
すると彰久がひょっこと反応して、「ちんちん!」と言った。
そのしぐさが可愛くて、そして言葉がおかしくて思わず笑いがこぼれた。
「ふふっ、そうだね、ちゃんとあき君のここも洗ったよ」
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