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第8話 3章 出会い

「あおくんとねるーっ!」 「でも彰久はいつもママたちと寝てるだろ」  彰久は、両親と一緒に寝ている。まだ一人寝が出来る年齢ではない。それで、雪哉は、蒼を客室に寝せようにと準備していた。それが彰久には気にいらない。蒼べったりの彰久は、当然蒼と一緒に寝るつもりでいる。自分も客室で寝たいのだ。 「あおくんといっしょだもん」  小さな手で、蒼の手を握る。幼いながらに、絶対に離さないぞっ! という決意が見える。 「あのー、僕は一緒でもいいですが」 「でも一緒だと窮屈じゃないかな」 「あき君小さいし大丈夫です。僕は寝相悪くないと思います」 「彰久が悪いんだよ、小さいからね、結構動くんだ」 「ははっ、そうなんですね。でも何とかなると思います。ベッドからは落ちないように気を付けます」 「落ちても、カーペットだし大丈夫、僕らと寝てても時々落ちるんだ」  ベッドに入った彰久は、ぎゅっと蒼にしがみついてくる。小さくて柔らかい彰久の体。蒼も,壊れないようにそっと抱きしめてやる。あまりぎゅっとすると壊れそうな気がするのだ。そして頭を優しく撫でてやると、気持ちいいのか、猫の子のように喉を鳴らす。いや、鳴らしてないかも……僕がそんな風に感じたのかもと思い直す。  ほどなくして、二人は抱き合った姿のまま眠りに落ちる。心配して、そーっと様子を見に来た雪哉は、その姿に微苦笑を浮かべる。この分なら、朝まで心配いらない、そう思いそっと客室を出た。  翌日朝食を済ませると、昨日の約束通り高久は、蒼と彰久を連れて書店へ出かける。 「私は医学書のコーナーを見てくるから君は好きに見て回るといい」  そう言って高久は、彰久を連れて行こうとしたが、無論彰久は蒼の手をしっかりと握っている。 「ふっ、彰久は……蒼君、悪いけどいいかな? 彰久も一緒で」 「はい、大丈夫です。僕が一緒にいますから、先生は医学書コーナーへ行かれてください」  高久が一人離れると、二人は児童書コーナーへ行く。蒼は、一般書のコーナーも見たいが、彰久優先との思いだ。  彰久は、豊富に並んだ絵本を興味深気に見て回る。蒼の手を握ったままなので、蒼も一緒に見て回る。  すると、彰久が一冊の絵本を手に取る。鼠が主人公のお話だ。確かにその鼠の絵なのだが、蒼には見覚えがないと思うと、『十二年ぶりの新刊』とポップにある。そうか、最近新刊が出たのか。 「あき君、これ鼠のちゅー君の絵本だね。お家にあるのとは違うお話みたいだよ」  ぺらぺらと頁をめくる彰久。あき君欲しいんだろうなと思うと、絵本を蒼に差し出してきた。 「これちゅーくんの、よんで」 「うーん、ここで読むのは……お家に帰ってからじゃないと」 「じゃあ、おうちでよんで。ぼくね、ちゅーくんのおはなし、すきだよ」 「そうだね、僕もちゅーくんのお話好きだから、新しいお話興味があるな」 「あっ! パパだ!」 「おーっ、やっぱりここだったな。蒼君世話になったね。おかげでいい本が見つかったよ」 「パパ、これっ! ほしい」 「うん、これが欲しいのか」 「これあき君がもってる絵本の新刊なんです」 「そうか、じゃあこれにしよう。私と彰久の本は決まったな。後は蒼君の本だな。どんな本が好きなんだ? 好きなのを選ぶといい、遠慮はなしだ」  遠慮の素振りが見えたので、高久はダメ出しをした。なので、蒼も遠慮の気持ちを追い払う。蒼は本好きなので、本当はワクワクする気持ちを抑えていたのだ。それをちょっとだけだしながら、新刊コーナーへ行く。 「あっ、これっ、新しいシリーズが出てるんだ」 「うん……これは……確かこのローマ人のシリーズは雪哉が好きで持ってるよ」 「えっ! そうなんですか! うちにもあります。母が好きだったので。僕も母が亡くなった後、読みました」 「ほーっ偉いな、あの十巻以上の大作を読んだとは」 「難しいけど、ぐいぐい引き込まれて読みました」 「そうか、それは雪哉とも話が合うだろうな。じゃあ、蒼君はこの本で決まりだな。よしっ、会計を済ませたら帰ろうか」  母さんが好きだった本、雪哉先生も好きなんだ。それが嬉しい。そして新しいシリーズの本も買ってもらった。母さんも読みたかっただろうな。僕が代わりに読むね。蒼の心は温かくて、ほかほかした。 「おかえりなさい、いい本見つかったかい?」 「ぼく、これだよ、あおくんよんでくれるって」 「へーっこれちゅーくんの新刊なんだ! ママも興味あるなあ。蒼君読んでくれるって、良かったな」  満面の笑顔で頷く彰久。 「僕も新刊が出てたのでびっくりしました。興味ありますよね」 「そうだよね。それで、蒼君はどんな本にしたの」  雪哉は、蒼の本を見てびっくりする。蒼の好きな本に興味があったが、まさか自分と同じ好みとは。さらに、蒼の母の話を聞くと驚き、会ったことのないその人に親近感を覚える。 「そうかー、蒼君のお母さんも好きだったんだね。十五巻まであるけど、年に一冊刊行でね、それが楽しみだったんだ」 「母もそうでした。新刊が届くといそいそと読んでいました。僕は母が亡くなってから読み始めて、読んでいると時間を忘れて……」 「お母さん天国で喜んでると思うよ。僕も将来彰久が読んでくれたら嬉しいと思うから」  しんみりした中にも、温かい空気が流れる。 「新シリーズはギリシャ人なんだね。出たのは知ってたけど、まだ買ってなかったんだ」 「あっ、じゃあ、先生から先に読まれますか? その後貸してくだされば」 「いや、蒼君が先に読んで、僕は当分読むひまないから。ゆっくり読んでくれていいよ」  蒼は、「はい」と返事して大切そうに本を抱きしめた。  四人で囲む夕食の食卓は、温かく、楽しく蒼の笑顔もほころぶ。献立も雪哉は、あえてなんでもない手料理にした。温かく出来立てを皆で囲むのが一番との思いからだった。  彰久も、蒼の隣でいつもより食が進んでいる。蒼は、何くれと彰久の世話をしながら自分もよく食べている。雪哉と高久はその様子にも感心する。よく気がつく気配りの出来る子だと。  夕食が済むと蒼の帰る時間になる。楽しい時間は、あっという間に過ぎる。  蒼は、帰らないといけない。それは幼い彰久にも十分すぎるほど分かっている。彰久はぎゅーっと蒼にしがみついている。帰って欲しくないのだ。このまま一緒にいたい。今日も一緒に寝たい。けれど、涙は堪えている。雪哉から、泣いて困らせたら蒼君はもう来ないと言われているからだ。  そんな彰久に、蒼の心も痛む。蒼も帰りがたい気持ちになっていた。ここは、温かく優しい。帰ったらまた、孤独が待っている。けれど、帰りたくないとは言えない。蒼は大人ではない子供だけど、それぐらいは分かる年だ。しかも、三歳の子が泣かずに堪えている。自分は十五歳だ。 「あき君ごめんね、明日学校があるから今日は帰るね。また来るからね」 「いつ? あとなんこねるときてくれるの?」  どうしよう、なんて言おう。さすがにまた来週なんて来すぎだし……十何個なんて二けたの数字言っても分かんないよね……。 「蒼君、来週も来られるよね」  今度はいつ来るのか迷いを見せる蒼に、雪哉が助け舟なのか、強引なのか口をはさむと、「あっはい」蒼は反射的に頷いた。蒼も来たいのだ。そして、潤んだ眼で見上げる彰久に答えた。 「あき君六個だよ、六個寝たら来るね」 「ろっこ……いっこ、にこ……」指折り数える彰久に、蒼も同じように指を折り曲げて数える。  蒼は、離れがたい思いを抑えて彰久の頭を優しく撫でると車に乗り込んだ。その眼には涙が浮かぶ。無論、彰久の眼にも涙が光る。  側で見守る雪哉も、二人の様子に胸が熱くなる。まるで永遠の別れの光景のようだ。いやいや、永遠どころか、来週にはまた会える。たったの六日後ではないかと思い直す。しかし、二人にはその六日が長い。  高久が運転する蒼の乗った車を見送った雪哉は、まさか毎回この光景を繰り返すのか? と思うが、さすがにそれは無いだろう。毎週末蒼が来宅するならば、別れもそのうちに慣れてあっさりしたものになるだろう。その時はそう思った。  しかし、二人が別れに慣れることはなく、毎回この永遠の別れと見まがう光景は続くことになるのだが、今の雪哉は知らない。

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