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第46話 番外編 陽だまりの中で
「今後の経過や、注意点は副院長が三人ご経験されていますからお詳しいでしょう。先ずは、安定期に入るまでは、十分にお気を付けてください」
「はい、十分気を付けます。今後もどうかよろしくお願いいたします」
三人で、高橋に挨拶をして診察室を出る。
「蒼は、今日は早めに帰りなさい。僕も遅くならないように帰る。今晩は祝いだ。実にめでたいからな。ああ先ずは高久先生に知らせないと」
雪哉がテンション高くそう言うと、足取り軽く去っていく。
「あお君一緒に帰るよ」
朝はたいてい一緒に出勤するが、帰りはばらばらな事が多い。お互い、終業時間は不規則だからだ。
「一人で大丈夫だよ」
「だめだよ、高橋先生も言っただろ、安定期に入るまでは大事にしないと。何かあったら取り返しがつかないからね。迎えに行くから、医局で待っていて」
病院から自宅までの短い距離で何かあるとは思えないが、今日は素直に従うことにする。実際、蒼も嬉しさから、浮足立っていた。彰久と一緒に帰り、喜びを分かち合いたい。
高齢出産であるのは事実なので、決して楽観はできない。故に、高橋からは細々とした注意を受けた。それは肝に銘じるつもりだ。しかし。今日は単純に喜びに浸りたい。
自分も母になれる。しかも、愛する人の子供の母。オメガに生まれて、これ以上の幸せがあろうか。最高の幸せだと思う。
彰久の番になった時、心からオメガであることに感謝した。今は、それと同じように、いやそれ以上に感謝する。本当にオメガで良かった。
亡き母は、どうだったんだろうか……父と番ったのは不本意だったと思う。僕を授かった時は? やはり、不本意だったろうか? そうかもしれない。そして、僕は母の命を削るように産まれてきた。
しかし母は、その僕を心から可愛がってくれた。母の僕への愛情は本物だった。それは断言できる。
ありがとう母さん。母さんが産んでくれたおかげで、僕は幸せだよ。そして思う。亡き母のためにも、次代へと命を繋ぐ務めがあると。だからこそ、子供を望んだ。
母と違い、手術でほぼ人並みの体力は手に入れた。そして周りの理解と協力も大きい。それでも、もし仮にも産まれてくる子供が、自分の命を削っても、それは受け止める。彰久にも受け止めて欲しい。
その時は、父のように子供を疎んじるではなく、僕への愛情と同じだけの愛情を注いでやって欲しい。
「あお君、大丈夫? 帰れる?」
小児科医局に彰久が姿を現す。
「うん、大丈夫だよ、帰ろうか」
「あお君、それ僕が持つよ」
「いいよ、これくらい、いつも持っているし」
「だめだよ、今までと違うんだから」
蒼の通勤バッグを巡って、軽い攻防をしながらエレベーターへ向かう二人を、看護師たちが見送る。
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