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第2話 壁の向こうに①

 カーテンレールに吊るされた釣り鐘型の風鈴が、チリーン、と鳴る。  夜通し客をとらされ、疲れ果てて眠っていたミキは、その鈴の音で目を覚ました。  エアコンを入れる前に換気しようと窓を開け――閉めるのを忘れて寝てしまっていたのだ。  布団から起き上がり、冷蔵庫の炭酸水を飲む。  ザーメンの味の残る喉に冷たい水がすうっと流れていく。  壁時計を見上げる。  昼の1時。  ぐーっ、とお腹が鳴り、 「お腹……すいたな」  とつぶやく。  そのとき、ピンポーンッ、とインターフォンが鳴った。   「はっ……あっ……いっ――」  慌てて床に転がっていたショートパンツとTシャツを着る。  玄関ドアを開けると、見知らぬ若い男が廊下に立っていた。    すらっとした長身を折り曲げ、頭を下げた男は、 「隣に引っ越してきた三井田(みいた)です。どうかよろしくお願いします」  包装紙で梱包されたフェイスタオルをミキに差し出した。 「――ど、どうもありがとう――」  タオルを受け取る。  顔を上げた男と目が合う。 (うわっ……)  瞬間、ミキは、大きな目をパチッ、と瞬かせた。 (うそぉ……めちゃくちゃイケメ~ン♡)  サラサラしたストレートのマッシュルームヘアーに、かたちのいい二重瞼。  色白の頬の小さなニキビ跡が、少年の面影を残している。  黒いランニングシャツから伸びた細マッチョな二の腕。  スリムなブルージーンズの股間に目を落としたミキは、 (ヤだぁ……おちんぽ――おっきそぉ……♡♡♡)  おもわず、舌なめずりする。    ガッチリしたクマ体型の、小顔のベビーフェイス。  隣に越してきた男は、ミキのドドドストライクだった。   (あーん、食べちゃいた~~い)    目を♡マークにし、両手を組んでモジモジするミキに、 「あ……あの……?」  戸惑ったように首をかしげる隣の三井田。    グーッ!  そのとき、ミキのお腹が大きく鳴った。 「あっ……!」  慌てて両手でお腹をおさえる。  鳴りやまないおなかの音。 「えっ、へへっ……ごっ、ごめんなさいっ……。お昼まだ食べてなくておなかすいちゃってぇ」 「い、いえ――気にしないでください。ぼくも片付けが終わらなくて――お昼まだです」 「ほんとう? じゃあもしよかったら、一緒にごはん食べにいかない?」 「えっ……?」 「10分――ううん、20分経ったらまたピンポンしに来て! よろしくねっ」  ミキと三井田がランチに向かったのは、近所のハンバーガーショップだった。 「うわっ、可愛い~」  テーブルの花瓶に生けられていた一輪のミニひまわりに、ミキは声をはずませる。 「フレッシュネスバーガーっていつもお花飾ってあるよね。ステキ♡」  パフスリーブがシースルーになった、白のレースブラウス。  ふんわりした小花柄のスカート。  ツインテールの髪をお姫さまのようにカールしたミキが、ばっちりアイメイクした目で三井田を見つめる。    ――三井田は都内の大学1年生。  夏休みに入ったタイミングで、実家から、大学近くのアパートに越してきた。  いくつか不動産を回り、駅近で、家賃がいちばん安いことで決めたアパート。  安いぶん、多少住民の民度が低いのは覚悟していたが―― (……こんな可愛い女の子があんな汚いところで一人暮らしを……?)  ニコニコしながらハンバーガーを頬ばるミキを、三井田はじっと見つめる。  身長193センチの三井田から見て、身長158センチ、体重42キロしかないミキは、まるで森の妖精のように可憐で小さかった。 「みい……たん?」 「……えっ?」 「みいたん――下の名前なんていうの?」 「あっ……ワタル――航空機の「航」って書いてワタル」 「ふーん……やっぱり、みいたんがいいかなぁ――みいたんって呼んでいい?」 「み……? い、いい――よ」 「やったぁ! ありがとう、みいたん♡」  クルクルよく動くどんぐりみたいな瞳と、つやつやしたピンク色のリップ。  まるでちがう星から来た、不思議な異星人みたいだと三井田は思った。   「……みいたん、何かスポーツしてるの?」 「あ――ああ、ずっとラグビーしてる」 「へぇ、だからそんなにガッチリしてるんだぁ~胸とかすごい厚いもんね」 「その――ミキ……ちゃんは?」 「ん? ミキ? なにもしてない。体動かすのきらいだから」 「そ、そうなんだ……」 「あ、でも、セックスは好きだよぉ♡ 騎乗位で腰振り100回できる~」 「……ッ!? ……ごっ……! ブッ……!」  飲んでいたコーラをおもわず噴きだす三井田。 「だいじょーぶ? みーたん」 「そ――そんなことっ……! おっ、女のコが口にしたらダメだよっ……!」 「えー? だってミキ――男のコだよ」 「えっ……!?」    オレンジジュースのストローをくわえながら首をかしげるミキの顔を、三井田は穴があきそうなほど凝視した。

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