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第17話 サンシャイン②(終)

 それから、ふたりは、三井田の両親が買ってくれた赤い三角屋根の家で暮らしはじめた。    ジブリの映画に出てきそうな、クラシックでおしゃれな家。  薄汚れたアパートでしか暮らしたことのないミキにとって、そこは天国のような場所だった。  毎日始発に乗って大学に行く三井田にお弁当を作り送り出してから、家事をしたり、庭に花を植えたりして過ごす生活。  教習所に行き、運転免許を取って、軽自動車を購入。  行動範囲が増え、スーパーのレジ打ちのバイトもはじめた。  仕事帰りに港に寄り、その日獲れたばかりの新鮮な魚を買い、家に帰って料理する。  そんな普通の日常が何より幸せで――  このままずっとこんなふうに暮らせたらいいなと思っていたころ。  ミキの体調に変化が起きた。 『なんか……胸がムカムカするの――』 『えっ……?』 『昨日港に行ったら気持ち悪くなって――お魚の臭いとか、さっきご飯が炊けたときも、オェッってしそうになった。なんだろう?』  まさか……まさか――――  病院で、そのまさかが現実になったとき、ふたりは声をあげて泣いた。  一億にひとつの奇跡が起きた瞬間だった。                  ※ 「今日は早かったね」 「ああ、東京で仕事があって、そのまま直帰したから」    キッチンから漂う、トマトスープの匂い。  ……大学4年生のとき、司法試験に合格した三井田は、卒業後、地元の弁護士事務所に就職した。  それと同時に三井田はミキと養子縁組した。 「いい匂い。今日のご飯は何?」 「ミネストローネと、ハンバーグ。ハンバーグにはチーズとアボカドかけてあげるね♡」 「へぇ、美味しそう……でもムリしなくていいんだぞ。やっと安定期に入ったばかりなんだから。連絡くれたら、弁当でも買って帰るから」    スーツを脱いだ三井田は、 「……そうだ。今日東京行ったとき、久しぶりにあのアパートの近くを通ったんだけど、これ――」  バッグから、フラワープリントの小さな紙袋を取り出す。 「あの雑貨屋さんがまだあってさ。――これ、買ってきた」    ――小さなひまわりのヘアピン。  あのアパートで暮らしていたとき、ミキに買ってあげたのと同じそのピンを、三井田はミキの前髪につける。   「うん。やっぱりすごく似合う」 「ありがとう……」  と微笑むミキ。 「それとこれ――」  三井田は、『安産御守』と書かれた小さなお守りを差し出す。 「あっ……また買ってきたのぉ?」 「う、うん。神社があったから……」 「もう……これで10個目だよ」  まったく、というように唇を尖らせたミキは、 「ほんとうにみぃたんは心配性なんだからぁ」  三井田の首に手を回す。 「――来週、検診だろ? 半休取れたから一緒に行こう」 「うん……ありがと――」   「……そういえば今日、ひまわりの種を買ってきたの」  ミキは思い出したように言う。 「お庭の花壇にひまわりの種を撒いて……赤ちゃんとみぃたんと三人でひまわりを見られたらいいなぁ……と思って」  ミキの出産予定日は、7月だった。    ミキのおなかのなかに小さな奇跡の命が宿ったのだ。    ふくらみはじめたミキのおなかに、三井田はそっと手をふれる。 「アッ……!? いっ、いまうごいたっ……!? よねっ……?」 「うん……」  ミキは、 「赤ちゃん、パパにさわってもらってうれしかったのかも――」  おなかを両手でさすりながらほほえむ。 「ミキ……」  ミキの背中に腕を回した三井田は、 「一緒に――ずっと一緒に生きていこう。赤ちゃんもミキも、おれがかならず守る。ずっとずっと大切にするから――」  と言う。 「うん……ありがと、みぃたん」  まぶしい、太陽の光のようなミキの笑顔。  愛しい。  いとしくてたまらない。  三井田はミキのすべすべした頬にそっとキスを落とす。 「ハンバーグ――そろそろ食べたいな」 「あ――わかった。アボカド切るからみぃたんは待ってて――」  キッチンに駆けだそうとしたミキを、 「あっ、こらっ。走っちゃダメだってばミキッ」  三井田は慌ててとめる。 「あっ、ごめ~ん、みぃたん」  てへっ、と舌を出すミキ。   「まったく――おれも手伝うよ。スープ温めなおせばいい?」 「うん。あっ、あと冷蔵庫からスライスチーズだしてくれる?」 「オッケー」  ――キッチンから漂う、夕餉(ゆうげ)の匂い。  ミキの髪に咲いたひまわりのヘアクリップが、明るい照明の下で、キラッ、と輝いた。   (「サンシャイン」:終わり)  
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