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第16話 サンシャイン①
――5年後。
海に面した高台に建つ、赤い三角屋根の家。
パンジーやシクラメンの花の咲く庭の横にあるガレージに車を停めた三井田は、玄関ドアを開けた。
「おかえりなさい、みぃたんっ……♡」
白いフリルのエプロン姿のミキが、小走りに駆けてくる。
「ただいま」
仕立てのいいスーツのネクタイをゆるめる三井田。
スーツの襟には、金色の弁護士バッジが輝いている。
「あまり走らないでミキ。転んだら大変だろ」
「あっ、そ――そうだった……」
ゆるいパーマをかけた髪をフワフワした毛糸のゴムで束ねたミキが、しまった、というように口に手を当てる。
小動物のようにクルクル動く、大きな瞳。
玄関に掛けてあった靴ベラで革靴を脱いだ三井田は、玄関マットに上がり、ミキの頭を優しく撫で、
「体調はどう? 変わりない?」
と聞く。
「うん……」
お腹にそっと手をやったミキは、花の咲くような愛らしい笑みを見せる。
……あのあと、三井田は、桐ケ谷を殴り倒した。
ものすごい剣幕で牙を剥いた三井田に尻ごみした手下を、玄関にあったバットでミキが後ろから殴り――床に落ちた手下のスマホをバットで叩き割った。
もうひとりの手下がミキに襲いかかろうとしたところに三井田がタックルで突撃。
三人まとめて梱包用のビニール紐で縛り上げてから、警察に通報。
麻薬の売人リストに名の挙がっていた桐ケ谷たちは逮捕され、ミキは晴れて自由の身となった。
それからすぐ三井田はアパートを引き払い、ミキを連れて茨城の実家に戻った。
三井田の実家は、地元で有名な、歴史ある総合病院だった。
父親に頭を下げた三井田は、ミキの薬物依存を治せる病院を紹介してもらった。
5人兄弟で唯一医者を目指さなかったことで父親と溝ができていた三井田だったが、父親は三井田の願いを快く引き受けてくれた。
そのかわり、これからは実家から都内の大学に通うこと、司法試験に必ず合格することを三井田は約束した。
……ミキは、精神科のある山奥の専門病院に入院した。
鼻や舌や性器に穿たれていたピアスも全て外し、傷だらけだった肉体を治すところから治療を開始。
麻薬服用期間が短かったことも功を奏し、ミキは三カ月で退院できることになった。
退院の日、三井田はミキの担当医から衝撃的な事実を知らされた。
『二神 美希 くんは――両性具有者です』
幼少期、母親からネグレクトを受けていたミキは、病院に行ったことがほとんどなかった。
両性具有は、個人差が大きく、検査してみないとわからないことが多い。
担当医は、ミキの未発達な外見と声変わりしていない高い声、性器の形状からその可能性を疑い検査を行った。
結果、ミキは男女両方の生殖器官を持っていることがわかった。
『それはもしかして――ミキ……い、いえ、美希 は、妊娠できるかもしれない――ということですか……?』
病室で待つミキを迎えに行く前に寄った診察室で、精巣と卵巣と子宮の映ったスキャン画像を見せられた三井田は、震える声で担当医に聞いた。
『いえ――』
黒縁メガネの男性医師は、静かに首を振った。
『残念ながら、両性具有というのは、男女どちらの機能も備えているというより、どちらも不完全な状態であることが多いのです。美希くんの場合、きわめて稀な例ですが、女性器と男性器が一体化しており、純粋なヴァギナはない。ペニスから精子を送りこめばそこから卵巣に到達することがあるかもしれませんが、それが着床までいたるかというとおそらく……一億にひとつの奇跡の確率に近いでしょう』
『一億に……ひとつ――』
あまりに天文学的な数字に三井田はことばを失う。
それはきっと、ほとんど不可能ということなのだろう。
『あっ……みぃたん……!』
5階の病室の窓際のベッドに腰かけていたミキは、ぴょんっ、と元気に跳ねて、三井田のもとに駆けてきた。
目の下にあった痣もなくなり、血色の戻った頬を上気させ、
『うれしい……ほんとうに来てくれたんだぁ……』
ミキはじんわり涙を滲ませる。
治療のために短くしたミキの髪にそっとふれた三井田は、『昨日言ったじゃないか。明日迎えに来るって』長い睫毛の先を涙で濡らすミキの目を穏やかに覗きこむ。
『でも……もしかしたら……って思って――いままでこういうとき、誰も迎えに来てくれなかったから――』
『……大丈夫。大丈夫だよ。おれはずっとミキのそばにいる』
ミキの肩を抱き寄せた三井田は、
『さ、帰ろう。おれたちの家に――』
その額に、そっと口づける。
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