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ミハルは魔女に記憶を奪われている。しかし、今のこの状態が尋常ではないことは本能的に感じ取っていた。
ライニールに部屋に閉じ込められた後、ミハルは一人、自分のベッドで毛布をかぶってうずくまっている。
時間が経つにつれて意識が霞みそうなほどに体が熱く疼いていた。自らの腹の奥底が卑しく何かを欲している。自分一人では収めることができないその感覚に、ミハルは苦しみ呻きながら枕に顔を埋めた。
これが罪人の烙印がもたらす罰なのだと、程なくしてミハルは理解した。自らの脇腹をさすると、衣服が肌に擦れるだけでたまらない感覚が込み上げてくる。自分の意思に反してαを求めてしまうのだ。だらしなく淫猥に相手を欲する様は、俯瞰すればどんなに屈辱的な姿だろうか。つまり、魔女は組み敷かれる屈辱をΩに与えて、組み敷く優越感と快楽をαに与えたのだろう。
そしておそらく今のように、Ωが求めても相手が応じてくれなければ、この苦しみは暫くの間続くのかもしれない。
ミハルは自らの肩を抱き、どうにか昂る体の熱を抑えようと浅い呼吸を繰り返していた。
「……うぅ……助けて……」
誰にでもなくそう呟く。この城でミハルを助けられるのは一人しかいない。そのαは先ほどミハルをこの部屋に閉じ込め立ち去ってしまった。
ミハルは毛布を体に纏ったまま、転がるようにベッドから降りてドアの前に座り込んだ。
「ライニール様……ライニールさまぁ……ちゃんと食器は水につけてくれましたか? テーブルの食べこぼしも拭いておいてくださいね……」
戸に耳をつけるが返事はない。ミハルは苦しさから鼻がツンと痛み、目元に熱い涙が込み上げていた。
「ライニール様、喉が……そう、喉が乾きました! お水持ってきてくださいませんか! 喉が渇いたよぉー! ライニールさまぁ!」
しかし、それでも返事はなかった。ミハルはずるずると体制を崩し、床に手をつき蹲る。疼いた腹が熱をもちその臀部は意思に反して濡れていた。
「うぅ……助けて……助けて、ライニール様……」
いっそこのまま意識を失ってしまえばどんなに楽かとミハルは思った。むしろここから飛び降りれば、この開放できない苦しみから逃れられるだろうかと顔を上げ、ベッドの向こうの窓を見た。戸を隔てた廊下の向こうから足音が聞こえたのはその時だった。
「ライニール様!」
「クソ兎……てめぇ、匂いがひでえんだよ」
「……うぅっ……そんなこと言ったて……」
ドア越しにライニールの舌打ちが聞こえる。おかしなことにミハルはそれにひどく安心し、込み上げた涙が止めどなく頬を伝った。
「水、持ってきてやったぞ、ここに置くからな」
「あ! 待って!」
「あ?」
「……う、動けないんです! そう、だから、中まで持ってきてくれませんか⁈」
ミハルはわざと体をドアから遠ざけて、離れた位置で動けなくなっているかのように装った。また舌打ちが聞こえる。
「てめえ、それで騙されるとでも思ってんのか」
「ほ、本当ですよ! あぁ……辛い、動けない……このままでは、脱水症状で死んでしまいます……」
「チッ、クソが」
毒づく声が聞こえた後で、ガチャガチャと鍵を開く音がした。ミハルは内側から鍵などかけていない。開きかけた戸に飛びつくと、ミハルは隙間に腕を押し込んだ。
「ばっ、クソ、てめえ!」
「あぁ! ライニール様、ドア閉めないでください! 腕がちょん切れちゃいます!」
「じゃあ、引っ込めろクソが! 手放せ! 食いちぎるぞ!」
ミハルはさらにドアの隙間に体ごとねじ込み、ライニールの太い腕を必死に両手でしがみついた。トレイに乗せたコップとデキャンタを持っているライニールは上手くミハルを振り解けないようだ。
「いっそのこと食い殺してください! 苦しいんです……助けて……ライニール様……」
ミハルはライニールに縋りついた。その腰の衣服を掴み、涙で真っ赤に染まった目元をあげる。ライニールが手に持っていたトレイを投げ置くと、グラスの割れる音が響き水が床に散らばった。
自由になったライニールの手はミハルの顎を掴んだ。その大きな手のひらはミハルの顔を包み込んでしまいそうだった。
「クソ兎、お前は今普通の状態じゃねえ」
「わかってます……でも……苦しい」
ライニールの手は熱い。脈打つ鼓動がそこから伝わってくるようだ。薄暗いこの城の中で月明かりに照らされたライニールの表情は、何かに耐えるかのように強張り赤く紅潮している。深く呼吸をするようにその肩がゆっくり上下した後、ライニールは唐突にミハルの体を抱え上げた。そのままズカズカと部屋の中に入ると、ミハルの体をベッドに放り投げる。
ミハルはまた置いていかれると思った。だから縋るように、ライニールの袖を掴んだのだ。しかし、ミハルの予想に反してライニールの体は仰向けのミハルの上に覆い被さった。
「クソ兎」
ライニールの鼻先がミハルの首筋を撫でた。その途端、ミハルの体は期待をはらんで跳ね上がる。臀部はすでに水分を垂れ流すほどに興奮していた。
「ライニール様! 苦しいです! 早く……早くぶち込んでください!」
「てめえは、情緒とか色気とかねえのか‼︎ クソが!」
「そんなのかまってらんないんですよ! さっさとしてください!」
ミハルは舌を鳴らした。これは、ライニールの癖が移っている。興奮して荒い呼吸のまま、ライニールの腰に手を伸ばしその衣服を強引に引っ張った。
「ひっぱんな、クソ兎!」
「うわぶっ!」
ライニールはミハルの肩を押し、もう一方の手で腰を引き寄せ、下半身の衣服を脱がせ床に投げ捨てた。その反動でミハルの背中と後頭部はシーツへと沈んだ。
「ライニーッ……ひぃぁっ!」
ミハルは悲鳴をあげ息を飲んだ。痛かったり苦痛があったわけではなく、突然のことで驚いたのだ。背後の孔にライニールの熱いものが押し当てられたと思った瞬間、なんの躊躇いもなくそれがミハルの中を押し広げた。さらに息を飲んだのはその感覚がまさにミハルが求めていた物だったからだ。まだ開放されないまま苦しいこの感覚を満たしてくれるのはコレなのだと確信し、ミハルは興奮で潤んだ瞳でライニールを捉え、震える指先が逃すまいとその肩の衣服を掴んだ。
「どうしたクソ兎、急に大人しくなりやがって」
「ぅ……あっ……あぁ……」
ライニールの性器はミハルの中を隙間なく満たしていた。その体を揺り動かされるたびに、おうとつがミハルの内壁を掻き分け、また更に奥へと徐々に広げて入り込んでいく。もう少し深く体を繋げば、ミハルの腹の奥底で疼く確信にライニールの熱が届きそうな感覚だ。ミハルの体はその期待からか、濡れた孔が誘い込むように収縮を繰り返している。
「くっそ……やべえ……」
「ラ、ライニール……ライニール様……」
ミハルは込み上げる感覚の中、ほとんど無意識にライニールの名を呼んだ。ライニールはミハルの頭の横に肘を置き、大きな体でミハルを抱え込むように体をよせる。
耳元で聞こえるライニールの息遣いがミハルを堪らない気持ちにさせた。その吐息が、小さくミハルの名を呼んだのだ。
「あ、んっ……あ……」
「おい、気持ちいいのかよ」
「う……ぁっ……」
「どうなんだ、ミハル」
「んっ……きも、ちいい……ライニール……」
ライニールが小さく息を呑み、その眉が何らかの感情で揺れ動いた。ミハルは上り詰めそうな感覚に身を委ねたまま、ライニールの頬に手を伸ばす。それを掴んだライニールの手は熱く、僅かに触れた唇が切なさをはらんでいた。
「あっ、も、もうっ……いっ……んっあああ!」
確信を突き上げられて、絶頂を迎えたミハルは背筋をのけぞらせ、その中でライニールを強く締め付けた。ミハルの性器からは白濁が溢れ出して、その腹にこぼれ落ちている。ライニールもまた、ミハルの中で熱い精を解き放ち、快感に眉を寄せて息を止めた。ミハルの肩にライニールが顔を埋めると、お互いの息が混ざり合っていく。
まだ余韻を残す絶頂の感覚で、ミハルの体はビクビクと小さく震えていた。ライニールは体を起こし、そのミハルを見下ろしている。
「ライニール……様?」
ライニールがミハルの中から引き抜くと、解き放たれた白濁がミハルの鼠蹊部を伝った。ライニールの大きなクセに長く繊細な指先が孔に入れ込まれ、ミハルはまた息を弾ませた。
「あっ、ちょっ……な、なにをっ……」
掻き出すように動く指先が、まだ燻るミハルの感覚を容赦なく刺激した。ミハルは思わずそのライニールの手首を掴む。
「足りねえ」
「へっ……おわっ!」
掴んだ手をもう一方の手で掴み返され、ミハルはシーツに押さえつけられるように組み敷かれた。見上げたライニールの表情は未だに興奮で息を荒くしている。
「αとΩのセックスが一回で終わるわけねえだろ」
「あ、いや、俺……記憶なくしてるんで、そういうの知らなくてですね……」
「もう一回だ、クソ兎」
捕食者の如き眼光で、ライニールはミハルを射抜いた。ミハルの背筋は粟立つが、それは恐怖からくる物ではない。期待をはらんだ興奮が再びミハルを昂らせていく。
「あの、お手柔らかに……」
「口閉じてろ、舌噛むぞ」
「ひっ」
森の奥の陰鬱な古城の中にはミハルとライニールの二人きりだ。
静かに深ける夜の中で、荒い呼吸がその後何度も絡み合った。
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