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第1話

 ――寮の部屋に戻った時、ワースの目が真っ先に向いたのは同室人であるアビスと部屋が違うはずのアベルがふたりきりでババ抜きをしている様子だった。 「お帰りなさいワース」 「おー」  朝というにはもう遅く、朝からふたりきりでババ抜きをしていたのではないかということは考えたくもないワースだったが、深く考えるだけ意味の無いことだったので何も考えないことにして上着を脱ぐと扉の端に立ててある上着掛けに掛ける。  今更アベルが部屋に居たところで何も感じないワースは上着を脱いだことで僅かに感じる肌寒さに身を震わせ、整えられたベッドの上へと腰を下ろす。 「楽しめたか?」 「えっ」  アベルに尋ねられ、ワースは驚いて言葉を返す。視線を向ければアビスの手持ち札から一枚取ろうとしている状態で片手を上げたままのアベルが視線だけをワースに向けていた。 「実家に帰ってきていたのだろう? 外泊申請書類にそう書いてあった」  アベルは自分から見て右端のトランプを取る。そして自らの手持ちと照らし合わせて一組を床へ放つ。 「あ、ああ――まあ、ぼちぼちってとこスね」  ふたりきりでババ抜きをやって楽しいのか、自分の持っていないものは必ず相手が持っている。ババを引かない限り延々と手持ち札を減らしていくだけのゲームの楽しみを見出だせないワースはアベルからの質問に答えた後、安堵したように天井へ向かい長い吐息を吐き出す。 「ところでワース」  アビスにトランプを選ばせその指が一点のトランプを選ぼうとするとアベルの眉が微かに動く。その反応を見たアビスは隣のトランプを選ぶように見せかけ――最初に選ぼうとしていたトランプを取る。そして一組をその場に捨てなかった。 「あの上着は出かけるときに着ていったものとは違うもののように思えるが。本当にお前の上着か?」 「え、――あっ!!」  ババを持っていたのはアベルで、それが今アベルからアビスに移動したのだろうと考察していたワースはアベルの一言にハッとして掛けた上着に視線を向ける。  暗くて間違えた、とワースは即座に感じたが、それを言葉には出せなかった。  アビスは先程取った一枚を手持ちの中へと混ぜると一度トランプを閉じ、再度拡げてアベルに向ける。アベルの指先がその中の一枚を選ぼうとするとアビスは堂々とトランプを扇状に動かしアベルが何かを選ぼうとするのを妨害する。 「確かに。仕立ては良いですがワースが普段着ているものから考えると丈が少し短いですし袖は長すぎ――」 「あー! わーっ!!」  アビスの言葉を出来る限りの声量で掻き消す。その行為に意味があるのかと問われれば、ただそれ以上上着について考察されたくないだけだった。 「どうした? ワース」 「何かあったんですか?」  アベルとアビスのふたりはワースの言葉で真剣勝負の手を止め、ワースに視線を注ぐ。アベルは二枚、アビスは一枚のトランプを手にしていた。 「なっなんもねぇよ別に!」  立ち上がって上着を上着掛けから取り、元の形なんて分からない程に丸めて、そしてベッドの上に投げ付け上から|掛け布団《デュベ》を掛けて隠す。  このワースの行動はふたりにとって異常としか言えないものだったが、そういう事もあるだろうとあっさり流しアベルは目の前に向けられた二枚のトランプの内どちらを選ぼうかと指を伸ばす。 「ああそういえば伝え忘れていたんだが」  アベルが向かって右側のトランプを選ぼうとすると、アビスはそのトランプを右側へと傾ける。必然的にアベルの指下には左側のトランプが向けられる。  アベルはじっとアビスの顔を見る。そして更に右側へ指を動かすと、アビスは更にトランプを動かす。 「お兄さんが来ているぞ」  アベルは左側のトランプを取る。 「……は?」

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