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第2話
アベルの言葉を受けてワースは談話室へと駆け込む。するとそこにはソファに腰を下ろし優雅に紅茶を嗜む実兄オーターの姿があった。
「――何でいんだよ」
「ウォールバーグさんに寄ってくれと頼まれたからな。ついでだ」
まだ別れてから数時間も経っていない。昨晩ワースは実家ではなくオーターの部屋に泊まった。
偽りの申請を出してでも秘匿したかった理由は、兄と仲が良いなどと周りに言われるのも癪だったし〝知られたくない〟という気持ちも大きかった。
幼い頃から疎遠だった兄の家へ何故今になって通う理由があるのかといえば、始めはオーターからの招きだった。勉学や魔法の取り扱いで悩むことがあるのなら相談に乗るという言葉に甘え、月に数回師事を受けるに相成った。
しかし油断出来ないのはアドラ寮の一年生が時折オーターに纏わり付いていることで、まだその行動範囲は魔法局に限られていたがいつかオーターの部屋で鉢合わせることになるのではないかと気が気ではなかった。
「なんで! 俺より先に! レアン寮にいるのかって聞いてんだよ!」
今朝、ワースは日も昇らない内にオーターの部屋を飛び出した。それはたった数時間前のことだった。まだ薄暗く慌てていたので間違ってオーターの上着を羽織ってきてしまったミスは否めないが、それからワースは一直線にレアン寮へと戻ってきた。オーターがワースより早くレアン寮に到着していて優雅に紅茶を嗜む余裕があるはずなかった。
「ホウキで飛んできたに決まっているだろう」
長い溜息の後、オーターは呆れた視線を向ける。
――その視線だけは昔から苦手だった。〝愚か者〟といわれているようで。
論理的に見ればオーターは至極まともなことを言っているようだったが、ワースはまだ納得がいかなかった。
「俺が帰るときまだ寝てたじゃねぇか!」
ワースはオーターが寝ているのを確かに確認した。規律に煩いこの男は寝る時間や起きる時間も明確に定めており、その時間に至らなければどれだけ手を尽くしても決して起きることが無かった。
先に最高速で戻ったワースより先にレアン寮へ着いていることがおかしいとワースは言いたかった。
血圧が上がり切っているのか大声で捲し立てるワースからワンテンポ遅れてオーターは思考を巡らせる。何かが思い浮かんだようだったが、それを口に出す前に紅茶を啜り鼻から抜ける香りを楽しむ。
「帰るとき――ああ、私が寝ていると思って頬に」
「わー!! うわー!! あー!!」
誰が聞いているかも分からないレアン寮の談話室でこれ以上のことを案外天然なこの男に言わせてなるものかとワースは再び大声を出して妨害する。七魔牙の第三魔牙であるワースが冷静を欠いているのは周囲の生徒から見ても意外だったが、神覚者である兄と対峙しているときのワースはどこか子供っぽく、ワースに対しての好感度を更に上げた。
「――うるさい」
しかし言葉を妨害するようなワースの叫びはオーターにとっては耳障りなだけであり、眼鏡のずれを直しながら黙れと言わんばかりに視線を向ける。
「ぐっ……」
――もう隠しきれない。とワースは死刑宣告のような瞬間に心臓が早鐘を打った。
キスをした。兄の頬に――確実に寝ていることを確認した上で。
何故と問われても納得の出来る答えを自分でも出せる自信が無い。ただしたいと思ったから、伝えたいと思っていたこの感情を。
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