1 / 6

文ちゃんの迷子の話 心と実際と

「しかしよく寝てるな」  京介がバックミラーで後部座席を確認すると、てつやも文治も銀次までもが爆睡していた。   文治は夢を見ていた。  自分は電信柱の脇に立って、心細い気持ちでシクシク泣いている。  これは覚えがあった。  中学生になった頃、旧市街へ冒険に来て迷子になった自分だ。  この街は、一本の道を境に新旧市街に分断されている。   文治の住んでいる新市街は高級住宅街の一面もあり、道を境に旧市街とされている所謂『向こう側』と言うのは、子供にとっては未知の場所だった。  まして文治は裕福な子の集まる学校へ行っていたから同級生も裕福な育ちの子が多く、生まれ育った場所しか知らない子供たちは旧市街をスラム街とか言う子もいて、同じくそこしか知らない文治もそれを信じていた。 『でもあの時、ちょっと興味はあったんだよねー』  明晰夢の中、文治は夢の中の自分が次に取る行動もわかっている。  文治はいきなりアーケード街に立っていた。  今では馴染みになっているが、最初は怖かったなと思いながら自分を俯瞰する。  てくてく歩く身なりのいい子供を、周りの人はなぜだか心配そうに目を配ってくる。それを不思議に思いながらも、別にひどく臭いわけでもないしお店やその他の家々がボロボロなわけでもない。  綺麗なお店もあるし、可愛いカフェなんかもたくさんあって文治は楽しくなった。新市街にはこう言う感じのお店はなかったから。 「これ、食べるかい?」  コロッケを紙にくるんで出してきたおばさんが、熱いから気をつけてと渡してくれる。 「フーフーして食べるんだよ」  優しい顔で目線を合わせて座ってきたが、文治は中1になっても138cmくらいしかなく、見た目小学校低学年くらいに見えたのだろう。 「おだいきんは…」  という自分に、 「いいんだよ、子供なんだからもらっておきなさい。親御さんとはぐれちゃったのかい?」  と聞いてきてくれた。 「今日は1人で来ました。探検です」  元気よく答えてから齧ったコロッケは、ホクホクしてちょっぴり甘い感じがしてとても美味しかった。 「新市街の子だろ?探検もいいけど、お母さんが心配しないうちに帰りなね」  と頭を撫でてくれた。  はいと答えて、その場でコロッケを食べた。今まで食べた中で1番美味しいかもと夢中で食べてしまう。 「ごちそうさまでした」  と挨拶をして、それからも探検は続いた。 『いっぱい歩いたな、あの時』  俯瞰で見ている文治もコロッケの味を思い出し、懐かしくなった』  楽しくなって、商店街から出てからも街並みを見たり、自転車屋さんやパン屋さんの前も通った。 『まっさんちとか銀次さんちの前も歩いてたんだろうなぁ…でもこの後ねー』  楽しさに負けて文治はテクテク歩いていたが、気付くと普通に住宅街に入り込んでしまっていて、どっちへ行ったらいいのかがわからなくなってしまった。 「あれ?ここって…」  丁字路に立ってぐるりと見回すが、どっちへ行ったらあの大きな道路に出られるのか、どっちへ行ったらさっきのコロッケくれたおばちゃんのところへ行けるのか、全くわからない。 「え?え?」 『あの時は本当に怖かったな』 「ここどこ…かーちゃん…帰りたいよぉおうち帰りたいぃ」  涙が溢れてきて、視界が歪んだ。  そのまま座り込んで、かーちゃん…とーちゃん…と呟いてハンカチで涙を抑えていると 「どうした?」  と声がした。若そうな声だったけど、今の文治には怖い。 「迷子か?」  もう一度聞かれて、顔をあげて声の主を見ると髪の毛が銀色の高校生くらいのお兄さんが立っていて、そんな髪の色見た事なかったからますます怖くなって大泣きをしてしまった。 「こらてつや!子供泣かしてるんか!」  急におばちゃんの声も聞こえて、文治はひくっと泣き止む 「ちげーよ、最初から泣いてたんだよ!」  てつやって呼ばれたお兄さんは、ちょっと怖そうな感じだ。 「おや、いい服を着てるね。新市街の子かな。お母さんはどうした?」  おばちゃんの問いに首を横に振る。 「かーちゃんいねえの?」 「いるよ!俺は1人でここにきたの!」  大好きな母親を亡き者にされたくなくてはっきりと返答した。 「なんだ、声出るんじゃん。ほら、うまい棒やるから泣きやめ」 『この頃からあんまり変わってないんだよねてっちゃん』 「てつや!また店のもの勝手に持ち出したな!」 「いーじゃねーかよ、売るほどあるんだし」 「売り物だよ!」  文治は2人のやりとりが面白くてつい笑ってしまった。 「お、笑った。そうそう笑ってればいい事があるよ。所でおまえ携帯とか持ってねえの?」 「あっ!」  忘れていた。取られないように隠してたから存在すら忘れてた。背中の裏のポケットからスマホをとりだして、安心した顔を浮かべる。 「なんだスマホかよ〜俺なんかまだパッカンパッカンだぜ」 「じゃあそれでお母さんに連絡しな。迎えがくるまで私の店にいれば安全だし」  示された場所はボロいアパートで、その一階が駄菓子屋になっていた。  文治はすぐにかーちゃんへ連絡をいれ、住所を言ってもらうためにおばちゃんに代わってもらい、迎えが来るまで駄菓子屋にいることになった。  初めてきた駄菓子屋はキラキラしていて夢のよう。好きなのを食べていいよと言われて、さっきもらったうまい棒をもう一個と、暑かったからガリガリ君を食べた。  てつやと呼ばれたお兄さんは、口はとっても悪かったけどなんだかんだで迎えが来るまでずっとそばにいてくた。  お菓子を色々勧めてくれたけどその度におばちゃんに怒られてて面白い。  迎えにきた母親にもきっちりと挨拶をしてくれて、思ってたより全然いい人だった。  車に乗る時、 「バイバイ文ちゃん」  と手を振ってくれたのがずっと頭に残っていて、車の後部座席でも靴を脱いでずっと後を見てたけど、角を曲がるまでずっと手を振ってくれてた。 『てっちゃんずっとバイバイって手を振ってくれてたな…』現在の文治もそれを思い出して自然と口が笑っていた。  でも…その夢の中のてっちゃんはずっと手を振ってて、バイバイ文ちゃんってまた言ってきた。その隣に人影があるけど誰。バイバイって俺帰るだけだからまた来るよ。そう言ってもずっとバイバイしてる。  てっちゃん…もう手振らないで、また来るんだから…隣の人誰…てっちゃん!  文治は一瞬で目が覚めた。車の中で寝ていたのを思い出して、慌てて隣の席をみると、てつやがお腹の上に手を乗せて眠っている。  ちゃんといる、よかったと思うと同時に、その指の指輪が目に入った。  さっきの影…京介さん…?  それでもまだ眠気は残ってて、寝入りそうになりながら前の座席から聞こえた『よく寝てるな』の京介の声を聞きながら、また眠りについていった。 まっさんはエアコンを操作して車内の温度を少し上げる。 「文治なんて楽しみで眠れなかったとか言ってたもんな。片道4〜5時間はキツいわな」  あれから那須高原SAで休憩をとったのだが、年末31日ということもあってS Aは賑やかで、露天商は出ていたしフードコートも混んでいて各々をくすぐる軽食類が山ほどあった。  到着5分で、てつやと文治の手には唐揚げ串やソフトクリーム、なんかわからない串物等が握られていて、朝早かったからここで昼食をと思ったがそんなものでお腹は満たせそうだった。  そして銀次によりもたらされた『仙台で牛タン食わないか』というナイスな提案に全員が乗り気になり、今、一路仙台へ向かっていた。通過点だ。 「どこで降りたらいい?」  隣でナビを操作し、各インターチェンジを確認しているまっさんが 「仙台・宮城インターだな」  とスマホと見比べて教えてくれた。 「手前に仙台南インターってとこがあるみたいだけど、そこで降りると地図で見る限り道知らねえ奴らには手に負えないとこに放り出されるっぽい」  笑いながら、『わっけわかんねえここ』と言ってスマホを閉じた。 「あるよなそういう事」 「ナビがあるからいいけど、それって意外と恐怖よな」  などと話しているうちに噂の仙台・宮城インターへはいりこみ、駅を目指すことになった。  ナビに従って駅へ向かい、駅ビルの屋上駐車場へ車を停める。  時間は11時ちょっと過ぎ。7時に地元を出て4時間。ちょっと長めな休憩をするにはいい時間帯だったと思う。  2人は後ろのトランクルームへ向かいがてら、2列目のてつやと文治の各々のドアを開けて起こし、後ろのドアも開けて銀次にも声をかけた。 「着いたぞ〜」  後ろを開けられて『さっむっ!』と飛び起きた銀次にコートを軽く投げてやり、運転席後のてつやまで戻り 「お前も起きろ。ほれ、お前のブルゾン」  とてつやに渡し、文治側のまっさんも文治にコートを渡してあげた。 「え…鳴子に着いたの…?」  少々寝ぼけていた文治に 「寝ぼけてんな?仙台だよ、牛タン食うぞ」  笑って言ってやると、そうだった!と飛び起きて急いでコートを羽織った。  その時なんか胸のモヤモヤを文治は感じていたが、その時はそれがなんなのかわからない。 「早かったな〜〜」  と伸びをしながらてつやは言うが 「そりゃ寝てればな」  と京介に返されて、面目ないと頭を下げる。 『あ…京介さんとてっちゃん…』  モヤモヤの原因が少しわかってきた気がする。  コートを着たり、財布を確認したりしながらまずはまっさんが 「駅構内で大部分は済みそうなんだけど、外出たりするか?」  と確認してきた 「俺は、牛タンとずんだシェイクと萩の月が賄えるならそれでいいけど」  とはてつや。仙台行きが決まった時点でちょっと調べたらしい。 「ああ、ずんだシェイクなら駅でも売ってるみたいだな。  スマホ検索に関してはまっさんも負けてない。 「でもでかいアーケードあるってじゃん?」  コートを羽織りながら銀次が言うが、 「うちらのお天気商店街とは桁違いらしいからな。流してるだけで時間食いそうだぞ」  行ったっていいけど、とは言外に含まれてはいるが、最終的にはホテルの時間もあるので、長居はあまり出来そうもない。 「ま、そう言うわけで、今回は駅中で済まそうぜ、と『お前ら』が『寝こけてる』時に俺とまっさんで話し合ってた」  文句あるやつは前に出ろ的な京介に、3人はビシッと直立して敬礼までしそうな勢いだった。  店内へ向かいながらまっさんが 「さっき牛タン屋には予約入れたら、キャンセルが入って12時半に入れることになったんだけど…まだ少し時間があるんだよな。まず何するか」 「ずんだシェイク」  てつやと文治のユニゾンが響き渡る。 「へいへい」  と肩をすくめ、一行は『ずんだ茶寮』とやらへ向かった。  文治は、てつやのそばにいるとモヤモヤがなくなるのに気づいて、ずっとてつやのそばにいようと、付き纏うようにそばにいる。  バイバイって手を振られたくないからそばにいようと決めた。  

ともだちにシェアしよう!