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天才脳の捉え方
文治が目を覚ました時、まっさんが酒を飲みながら紅白を見ていて、スマホを見たら22時45分くらい。
布団もいつの間にか敷いてあるし…と起き上がってみた。
「お、起きちまったか?」
文治は、飲み会が始まったのは覚えてる。でも疲れもあったのかいつの間にか寝入っていたようで、そこから今の間にテーブルが寄せられ、お布団が敷かれたようだった。
お猪口を飲みあげてそう言うまっさんは、寄せられたテーブルの隅で所在なさげに座っている。
「飲むか?」
文治用に買ってあったコーラ等を指して聞いてみる。
テーブルの上には、ビール瓶数本、日本酒の瓶数本が林立しているが、まっさんには酔った気配は微塵もない。今だってくいくい飲んでいるのに。
大人チームの酒の強さは異常。
文治は飲む…といってテーブルまで這ってきた。
「てっちゃんは?」
きたーと内心思っていたが
「風呂行ったよ」
紅白に目を移して、また手酌で酒を口に入れる。
「誰と?」
「ん〜?京介じゃね?知らねえけど」
京介の場合は、タバコを吸いに行った可能性もあるから。
「俺も行ってくる」
すくっと立って、文治は窓際の広縁に干してあるタオルを取りに向かうが、
「文治〜チーズの味噌漬け美味いぞ?ちょっと食ってみ?」
食べ物で冷静に阻止にかかる。
文治はまんまと乗っかり、テーブルに戻ってまっさんに口に入れて貰った。
「おいし!」
「だろー?あん肝の方も食うか?」
玲香から割り箸を少し多めに貰っておいたので、それを使って小鉢に出してやる。
「酒も飲む?」
「辛いからねー」
そっぽをむいてあん肝を口に入れ、あまりの美味しさにぴょんぴょんと跳ねる文治に、
「今、酒を口に入れんだよ〜」
とほんのちょっぴりお酒を入れたお猪口を手渡してやった。
文治にも酒に強くなってもらわないとな、の気持ちもある。
「ん〜〜?」
と、懐疑的な視線をお猪口の底に注いでいたが、1mmにも満たない深さのお酒を文治は思い切ってくいッと空けた。
「あ…すごい。あん肝と一緒に味になって美味しい」
「お?酒の味わい方わかったか?でも、日本酒は文治にはきついから、これがいいよ」
と取り出したのは、『鈴音』という微炭酸の日本酒だ。ほんのり甘くてアルコール度数5%の、初心者でも飲みやすいお酒。
「なっちゃん飲みながらだぞ。一気に飲んじゃダメだからな」
どうやら風呂のことは忘れてくれたらしく一安心。
実際てつやと京介は、ホテルの外にある共同浴場や違う施設の風呂を巡って歩いている。
聞いたところ10種以上の泉質が集まっているらしく、それを堪能しようと出かけて行った。なので本当にどこにいるのかわからないから、文治を出すわけにもいかなかった。
しかし当の2人は、とまっているホテルの大浴場の露天風呂にいた。
ホテル外の風呂を堪能しようとしたら、全部9時半で閉まってしまっていたので、仕方なく戻ってきていたのだった。
「他の温泉も入ってみたかったな」
暗いから景色も見えず、真っ暗な闇の中ライトに照らされた露天風呂でじっくりと温まる。
「ま、仕方ねえわ、知らなかったんだしな」
京介が頭のタオルを肩に乗せ、湯につからないように体を少しあげた。
「でさ〜文ちゃんよ。そんなにやってたか?俺らの分断」
後半少し笑っててつやが京介の肩に湯をかける。寒そうだからが理由。
「本当に気づかなかったんだな。まあお前にはいつもと変わらない態度なんだろうしなぁ」
寒くないからやめて、かえって暑いのよとお湯かけノーサンキューのハンドサインをする。
「なんだったん?」
「はっきりはわからないんだけどな、まっさんと玲香ちゃんは指輪だろうって」
お〜…とてつやもちょっと考えた。
温泉に入るために外してきたから今はついていない左手薬指をみる。
「指輪一個で変わるかね」
「そりゃあ、文治の考えだからな」
ん〜…
「なあ文ちゃん」
大人チームが自分を文ちゃんと呼ぶ時は、絶対なんかある。と文治は警戒する。
「なにー」
『しそ巻き』と書かれたパックを開けて、一口食べてみた。あ、美味しい。
「お前、てつやのこと好き?」
不意に聞かれたが、当たり前すぎて
「うん、すきー」
と答える。
「てっちゃんは、俺の恩人だからねー」
文治の頭に昼間見た夢が思い浮かび、今よりもう少し若い銀色の髪のてつやが浮思い起こされた。
旧市街で、迷子になって泣いている自分に声をかけてきたひょろひょろだったてつやは、最初こそ怖かったけど、ずっとそばにいてくれて、駄菓子屋のおばちゃんと一緒に迎えを待っててくれた。
その時からずっと、てっちゃんのことは大好きだった。
「そっか〜。じゃあ銀次は好きか?」
「好きだよ、優しいし」
「じゃあ俺は?」
「好き!まっさんは色々きちんと教えてくれるからねー」
「じゃあ…京介は?」
文治は黙り込んだ。
「嫌いなん?」
「嫌いじゃないよー…でもね…今はね…あまりね…」
よーし、もう少し飲め。
「じゃあさっきの甘いお酒飲んでみるか。シュワシュワなんだってよ、これ」
「ほんと?」
先ほど見せた『鈴音』はグリーンの細身のボトルが綺麗だ。
シュワシュワ炭酸系は大好きな文ちゃん。
グラスに注ぐと、柔らかな泡が立って細かい泡がシュワシュワと…
まっさんも味見と称してグラスに注いで乾杯する。
「美味しい〜ジュースだよこれ〜」
先ほどの日本酒で、アルコール感知がちょっと緩くなったらしい文治は、鈴音をもう一回、とおかわりをしてまた少し注いでもらった。
「美味しー」
「なっちゃんもちゃんと飲めよ」
ペットボトルを前に持ってきて、チェイサーがわりに飲ませる。悪酔いはさせたくないから。
「で、京介のことは?嫌いなん?」
少し頬が赤くなってきたところを見計らって、再び質問を繰り返す。
「カッコつけるのは性に合わないからいうけど、ぶっちゃけ寂しい…」
京介が照れてタオルを顔に乗せるのをみて、一瞬は?と思ったが次には声を出して笑ってしまった。
「わかるわかる。文ちゃんはいつでも誰にでも笑ってるからな。敵対視されたらそりゃあ辛いわ」
言いながらも笑い続けるてつやに
「お前は絶対嫌われないからな」
「まあね、俺は文ちゃんのヒーローらしいから。嫌われることはないんだよ」
てつやの脳裏にも、まだまだ子供の顔をした文治が想起された。
「シクシク泣いててな、話しかけたらもっと泣かれて」
苦笑する。
「(大家の)ばあちゃんに怒られてさ。でも心配で側にいた」
「お前が声かけなかったら、旧市街で死んでたかもって前に聞いたことあったぞ」「なんだそれ大袈裟だな。まあ、新市街のお子様たちは旧市街をスラムとか思ってるらしいからな」
笑って、淵に寄りかかったてつやは懐かしそうな顔をしていた。
「大人って…割と残酷なんかな」
急な言葉に、京介はどした?と思うが一緒にふちに寄りかかることにする。
「今回の件はさ、俺がもし女性と結婚ってのだったら…それでも文ちゃんはその女性を嫌うんだろうか…」
言いたいことは少しだけわかる。
京介も文治にとっては大好きな人だから、そんな態度なんかなってこと。
「お〜難しいなそれは」
とだけ答えてみる。
「嫌いじゃないんだよー。でも…京介さん…てっちゃん取っちゃったから…」
お、少し本音出てきたか。
「今日の文治変だったよな。京介とてつやが近付くの嫌だったん?」
こくんと頷いた。
「でも今まで平気だっただろ。あの2人が仲良しに(w)なったのはわかってたし、ずっと平気だったじゃんか。なんで急に嫌になったんよ」
甘い酒も悪くはないが、今度はこれにしようと『浦霞』のミニボトルをグラスに注ぐ。
文治は黙っている、言ってはいけないことと思っている風だった。
「指輪か?」
文治は顔をあげてまっさんを見る。
「やっぱそこね」
グラスの酒を半分空けて、文治にもなっちゃんを注いであげる。
「今まではね…仲良しって解ってても、ん、なんて言ったらいいのかわからないけど、ちゃんとした『約束』じゃない感じしてた」
「うん」
「でもねー…指輪ってさ?とーちゃんとかーちゃんもしてて、それってちゃんとした約束みたいでしょ?てっちゃんがね、全部京介さんに取られちゃったの〜〜〜」
しまった、泣上戸か!
「うんうん、泣くな泣くな」
テーブルの下の箱ティッシュを渡して、まっさんはもう一度なっちゃんを注いであげた。
「今日仙台に行くまでの間にね、夢見てたんだよー。てっちゃんと会った時の夢。最後に俺が帰る時『文ちゃんバイバイ』って手を振ってくれたてっちゃんを俺よく覚えてて。でも夢の中でてっちゃんずっとバイバイしか言わなくなっちゃって、俺また遊びにくるよって言ってもずっとバイバイって…そのてっちゃんの隣に人影があってね。それが京介さんだと思ったら…」
「それで寂しくなっちゃったのか」
うんうんとうなづく。
「てっちゃん京介さんと結婚したの?とーちゃんとかーちゃんみたいに?もう俺と遊んでくれないの?」
まっさん思考タイム。
「指輪はクリスマスだろ?その後てつやは文治に冷たくしたりしたのか?」
「ううん。会ってなかったけど、連絡した時もいつものてっちゃんだった」
「ならいいじゃん。文治が気にすることは何もないだろ」
「でもてっちゃんは俺のじゃなくなったの!」
ーん?ーちょっと焦る。これは遺伝の強さの話…?
「なあなあ、文治は俺とチューしたいと思う」
「思わないねー」
「じゃあ銀次は?」
「銀次さん玲香さんいるし!違う、居なくてもしたくないね」
「じゃあ、てつやは?」
「てっちゃんも…チューはしたいと思わないかな」
ーほっとしたわ…親子2代で同じやつに振られんのなんか見てらんないー
「じゃああれだな、文治は仲良しのおにーちゃんが遠くへいっちゃいそうで寂しくなっちゃったんだな」
自分でもわからなかった気持ちをまっさんが言い当ててくれた。
「そう!そうなの!それなんだよ!まっさんすごーーい」
ー褒められた…初歩の初歩で…ー
「それなら大丈夫じゃないかな」
「俺態度変えてた気は全くないんだけど、そう言うのって感じちゃうんかな。いや別に文ちゃん遠ざけるとか、そう言うのは本当一切なかったんだけど」
てつやはそう言ってー大体からしてーと続ける
「俺はどうしたって、仲間と京介 は分けて考えなきゃいけないわけでさ。仲間の中に文ちゃんは確実にいて、そこでの文ちゃんの位置は全然変わってなくてさ…」
京介は淵に頭を預けて聞いている。
「その辺は、どうしたら解ってもらえるんだろうなぁ」
気づかなかったほど自然にしてたから、文治にわかってもらう術がわからない。 仲間を離れてしまうと、どうしたって気持ちは京介に行ってしまうから、そこはちゃんと区別していたんだけど。
「なんでそんなこと言えるの?現に土日のてっちゃんを取られてる!」
「そこは京介の休みとか考えてやるのが大人だろ。あの2人はお互いチューしたい関係なんだから」
やばいこと言ってる自覚がまっさんの心を抉る
「むうっ!」
「てつやが文治を粗末に扱うなんて絶対しないよ。今日だってずっと一緒にいただろ。普段の土日に遊んであげられない分、今日みたいな日にいっぱいかまってくれるじゃん」
思えばそうだ。自分がわざわざ京介を遠ざけなくてもてつやは側にいた。
「うん…」
「あの2人は『結婚』はできないけど、文治のとーちゃんかーちゃんと同じでアイシアッテんのよ…そこはわかってあげないとな」
言いづれえ言いづれえ言いづれえ!! 『アイシアッテ』がカタカナになっちまうくらい言い辛え…
「だからな、文治が遠ざけても無理なんだ」
まあ飲め、と鈴音を注いでやる。
「文治 は…頭のいいやつだからさ、納得いかねえとダメなんだろうな」
淵から頭を起こして、京介はタオルを頭に乗せ肩まで温泉に浸かった。
「きっと理解はしてるんだよ。頭のどっかで。でも納得できる要素がないんだろうな。理不尽に仲良し兄さんを取られる理由がさ」
まあこれは理由とかそう言うんでもないから、そこはまた難しいんだけど…と続ける。取ってるわけでもないし…
「やっぱり俺らが態度で示していくしかないんかもな。文治も好きなんだよーってことをさ。お前だって冷たくされたら寂しいんだよ。って態度で示せ」
思い出してまた笑いだす。
「他人事だな」
「だって他人事だし〜」
ひでえな と言っててつやの顔に温泉をひっかける
「ぶっ やめろ!てめっ」
ゲラゲラ笑ってお湯のかけっこをしていたら、咳払いをしておじさまが入ってきた。
「スミマセン…」
と謝って、おとなしく浸かる
「まあ…しばらくはさ、文ちゃん坊ちゃんに気を遣っていきましょうや」
タオルで顔を拭っててつやは言う。
「やっぱ他人事だ」
「だから言ってるじゃん。他人事だって」
文治はじっと考えていた。自分の中にまっさんの言葉を落としこもうとするように。
「ロードの帰りに泊まったホテルでな、俺たち話し合ったんだよ。てつやはこのチームを無くしたくなくて、京介への気持ちを我慢してたんだって」
未だ文治は黙っている。
「京介は京介で、そんなてつやの気持ちを尊重して自分の気持ちを押し付けないようにしてた」
ーわかる?ーとまっさんは文治に聞いた。
「てっちゃんはチームを愛してるってこと?」
「わかってるじゃんか」
まっさんは笑って文治の頭を撫でてやる。
「文治もチームの一員だろ。てつやはチームのみんなを愛してて大事にしてる。それは京介を思う気持ちと別なんだよ」
「うん…」
「だからてつやは、文治を粗末にしたりしないし、大事にしてるってことだよ」
「うん…」
なんとか落とし込めたか…?
そんなタイミングで
「いやいやまいったわ〜」
とてつやと京介が帰ってきた。
「あれ、文ちゃん起きちゃってたのか」
自販機で買ってきたのか、2人はビールを4本となんか地元のサイダーを持って帰ってきた。
「外の公衆浴場とかがさ、軒並みしまっちゃってて、結局ここの大浴場を満喫してた」
缶ビールを置いて、てつやはまっさんの隣へすわり、京介はてつやの対角のまっさんの正面へ座る。
文治はそんな2人を見てちょっと胸が苦しくなった。
子供じみた自分の行動を大人の対応で応えてくれる大人チーム。自分ももう少し大人にならないとなと思わせてくれた。
それでも
「てっちゃんずるいよ!2人だけで温泉行ってさ!」
「文ちゃん寝てたでしょーよ。起こすの可哀想だったんだよー」
「やだー起こしてよ!」
てつやに突進して駄々を捏ね始める。
「え〜。じゃあどうしたらいい?文ちゃん」
腰に腕を巻き付けて伸びている文治の髪をわしゃわしゃした。
「てっちゃんと温泉入る」
え〜とてつやは思う。いまさっきまで浸かってきてたから、またはちょっとキツイかも…
「文治はいま酒飲んだだろ。慣れてねえんだから温泉やめとけ。まわるぞ」
まっさんが隣で駄々を捏ねている文治の腰のあたりをポンポンした。まっさんナイス!とてつやは思ったが
「えー!飲めって言ったのまっさんでしょー」
「飲んだのは文ちゃん」
しれっとそう言って、紅白の誰だか知らないけど3人組の女子を見た。真ん中が好みだなー
「もーーーーー!」
「じゃあ部屋の露天風呂入ればいいじゃん。あまりあったまらないようにできるし、湯あたりしたらすぐに寝れるしな」
京介が折衷案を出してきた。それにはてつやは軽く睨みを入れた。
「それいいね!てっちゃんいこ!」
内風呂にはタオルが置いてあるので文治はそのままお風呂場へ向かい、てつやは覚えてろよ、とばかりに睨んで浴室へ向かった。
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