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第1話 ソリテ視点

夏本番となった都心。今日は32度近くまで気温は上昇するらしく仕事着でじっと客の玄関先に立ち客が出てくるのを待つ間は拭った汗が吹き出す。 1度インターフォンを鳴らし30秒待ちもう一度鳴らす。それでも出なければオレは重たい荷物を抱え直し不在票を作成し玄関ポストに入れる。 それを終えたら階段を降り仕事用バンに荷物を入れる。最悪なことにうちの会社はどれだけ高層マンションであろうとエレベーターを使うなと上司が命ずるのだ。 その命を破ったら丸一月給料を貰えなくなる。正社員であれどそれは覆せない事実だ。 どれだけ配送し数をこなしてもそんな事になれば努力が水の泡だ。最初はそんな上司を殴りたい衝動にかられた。 転職だって考えた。今より給料がいい所を、と求人雑誌を見ればせめて大卒以上や資格がいる。 高卒で運転免許しか持っていない俺は悲しいことに身体を使い働くしかない。 小さく溜息を吐き額から頬に伝う汗をタオルで拭う。バンに乗り込み次の配達先を確認する。 「……いつもの人だ」 1週間に1度、決まった曜日、決まった時間を指定する所謂『お得意様』 この辺ではあまり聞き馴染みのない関西弁で話す男。 そんな彼をぼんやり考えながらエンジンをかけお得意様のマンションまで車を走らせた。 前の配達先から20分程でお得意のマンションに着く。彼が住む階までの階段を上りながら乾きを訴える喉にそういえば水分補給忘れてたな、なんて他人事のように思う。5階まで上り終え右奥に進めば彼の部屋だ。少しばかり乱れた息を整えインターフォンを押す。ほんの少しだけ騒がしい足音が聞こえた後、ドアが開いた。 「啓影さんにお届けものです」 テンプレートの言葉。営業スマイル。 なのに、いつも啓影さんは嬉しそうにして喜びを噛み締めるように感謝を述べるのだ。 「ああ、いつもありがとなぁ」 そう言って渡した受取書に啓影さんはハンコを押す。今は珍しいやり方な気がして思わず「珍し」と言ってしまった時は少し恥ずかしかった。 少しばかり初めてのやり取りを思い返しながらオレは啓影さんに小包を渡した。 「駄賃」なんて言われいちご味の飴が手渡される。 最初こそは断っていたものの気付けばポケットに入れられていることが数回あったせいでもう諦めて啓影さんから直接受け取るようにしていた。 オレが飴を受け取ったのを確認すると啓影さんの頬が緩む。 どうしてそんなに幸せそうにするのか不思議だ。緩く首を傾げるもあまり長居は出来ない。 オレは啓影さんに会釈をして階段を降り始める。不思議なことに足取りが軽く感じた。

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