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もう、我慢ならない 2
そう思っていれば、先輩が俺のほうに手を伸ばしてきた。そして、俺の頬を軽く撫でる。
「ま、正直なところさ」
一旦そこで言葉を区切って、先輩が缶ビールを口に運ぶ。グイッと飲み干したかと思うと、笑っていた。
「その上月って奴と、一回しっかりと話したらいいんじゃないか?」
「……話し、ですか?」
「そうそう」
……そんな簡単な問題なのだろうか?
(それに、俺がやめてくれって言ったところで、あいつはやめるのか……?)
一瞬そんな風に思って、すぐに頭を振った。先輩の言っていることは、正しい。実際、亜玲とはずっと二人きりで話をしていない。そう、それすなわち――俺は、あいつの考えを、分かろうともしてないということだ。
「大体、上月って奴だって、祈がまっすぐにお願いしたら無下にはしないよ」
先輩は、一体亜玲と俺のなにを知っているのだろうか? まぁ、俺から聞いた亜玲の情報とかは、知っているけれど。
あ、あと、ある程度の俺の情報。
「そうですかねぇ」
チーズをもぐもぐと咀嚼して、俺は心にもない返事をする。……正直、二人きりで話なんて気まずくてたまらない。今更、なにを話せというのだ。かといって、こんなデリケートな話題、ほかの奴を巻き込んでするわけにもいかないし……。
「先輩……」
「あ、僕はパスな。幼馴染同士のこじれた恋愛関係に口を出すのは、キャラじゃない」
肩をすくめた先輩が、はっきりと拒否の意を示す。ダメか……ってか。
「俺と亜玲に恋愛感情はこれっぽっちもないですからね!?」
バンっとテーブルをたたいてそう言えば、先輩はけらけらと笑った。まるで、なにか面白いものを見たかのように。
「あーうん。ま、今はそういうことにしておいてやるよ」
「今はってか、未来永劫ないですから」
「……本当かぁ?」
先輩が、疑い深い目で俺を見てくる。……ドキッと、心臓が跳ねたような気がした。
「だってさ、祈はオメガらしくきれいな顔しているじゃん」
「……だから、なんですか」
「別に。上月って奴と並んだら、似合うだろうなぁって」
きっと、先輩に悪気はないのだ。ただ、思ったことを素直に口に出しただけ。……でも、どうしようもないほどに不快だった。
(……昔は、亜玲のほうがちっちゃかったのに)
なのに、成長期を迎えてあいつはすくすくと成長して。気が付いたら、あっさりと身長を抜かされた。一見するとアルファには見えないほどに儚げな容貌をしている亜玲。でも、あいつは俺よりは男らしいのだ。
「勘弁してくださいよ。亜玲となんて、絶対にごめんです」
そうだ。あんな、悪魔みたいな男には――絶対に、惹かれたりしない。
男も女も、アルファもオメガもベータも。どれにでも恋愛感情を抱けるのが俺だけれど、亜玲だけはない。亜玲にだけは抱けない。
「ははっ、上月君かわいそー」
先輩はそう言うけれど、心がこもっていない。心にもないことを、口にしているのだ。それは、よくわかった。
「ってうか、俺と亜玲が二人で会ったら、言い争いになりますって。最悪の場合、殴り合い」
俺が端的にそう告げて新しいチーズを咀嚼すれば、先輩はきょとんとしていた。まるで、意味がわからないと言いたげな表情だ。
「うーん、僕の予想が正しければ……」
「……正しければ?」
「いや、なんでもない」
……肝心なところを、教えてくれ!
そう言いたかったけれど、アパートの壁は薄いのだ。ぐっとこらえる。先輩のお隣さんの迷惑にはなりたくない。
「ただ一つ言っておいてやる。……上月と、しっかりと話せ。それが、僕から出来る唯一のアドバイスだ」
「……」
「不満そうな顔をするなよ、若者。年上からのアドバイスは、しっかりと聞いておくべきだ」
「先輩って、俺と一つしか変わらないじゃないですか」
「それでも年上だ」
確かに、それはそうなんだけれどさ……。
「……なんて、僕はなにを敵に塩を送っているんだろうな」
考え込んでいた俺は、先輩がそう呟いていたことに、気が付かなかった。
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