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皇妃達の洗礼⑥
「疲れたな……」
仔空 は大きな溜息をつく。ようやく色々なしがらみから解放された気分だった。
黄龍殿 で仔空の為に開かれた宴は、それはそれは盛大な物だった。見たことのないような豪華な料理に開いた口が塞がらなかった。
「凄い……」
「ふふっ。本当にお前は素直だな。これは遠方から取り寄せた食材で、王宮の料理人が何日もかけて作ったものだ」
「何日もかけてですか?」
「そう。全て、其方の為だ」
豪華な食事に舌鼓を打てば、賑やかな演奏に合わせて踊り子達が踊り出す。宦官 が陽気に歌い盃を交わし合えば、その場は異様な高揚感に包まれた。
「これ、美味しい」
「そうか? それは『白酒 』と呼ばれる、高級な酒だ」
「白酒ですか。美味しい……」
「なら、もっと飲むがいい」
用意した酒を仔空が褒めたことに気分を良くしたのか、玉風 は上機嫌となり次から次へと白酒を注いでいく。白酒は見た目以上に度数が強く、少し飲んだだけで体がポッポッと火照り出す。
黄龍殿の煌びやかな装飾品や飾り柱が、段々滲んで見えてきた。宦官達が歌い舞い踊る声が遠退いて行くのを感じる。
(こんな世界、飲まなければやってらんないよ)
それでも仔空は、注がれ続ける白酒を平らげていった。酒に酔えば、嫌な事を全て忘れられる……。悲惨な毎日を送っていた仔空が、花屋 で身に付けた悲しい習慣だった。
「疲れた……」
仔空の意識が少しずつ遠退いていく。
「これで休める」
本当に今日は色々な出来事があったと、他人事のように思う。売春宿で体を売っていた坤澤 が、今は煌びやかな王宮に嫁ぎ貴人 という称号を与えられた。この世界を受け入れるには、もう少しだけ時間がかかりそうだ。
「陛下……僕は……もう……」
「おっと」
「眠いです……」
ユラユラと左右に揺れる仔空の体を、玉風がそっと受け止めてくれる。その逞しく温かな腕の中で、仔空はようやく肩の力を抜くことができた。
「陛下はお優しいんですね。それとも僕を手に入れるためのお芝居ですか?」
「ふっ。突然何を言い出すんだ」
皇帝陛下という男を知らないときは王宮に嫁ぐことが嫌だった。そもそも仔空は乾元 が嫌いなのだ。店で散々自分を好き勝手に扱われてきた客と同じ乾元が、自分を大切にしてくれるはずなどない。
でも、仔空が知っている乾元と玉風は少しだけ違って見える。だからこそ「もっとこの人のことを知りたい」そう思ってしまう自分がいた。
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