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皇妃達の洗礼⑤
「ただ、所詮男で、下等な坤澤 よ」
「え……?」
「後宮の妃の中に汚らわしい坤澤がいるなんて、前代未聞。いい恥晒しじゃ。皇帝陛下の妃になる者は、高貴な魂を持つ乾元 であるべきでしょう?」
美麗 の吐き捨てるような言葉に、仔空 は眉を寄せる。
「いくら美しいと言え、我々のように豊かな胸も、滑らかな肌もない。お前を抱いた者は幸せになるなどという迷信も、どこまで真実かはわからぬ。男妾 など、陛下の一時の気の迷いであろう。きっとすぐに飽きられる。それに……」
美麗は己の腹を愛おしそうに撫でる。その腹がふっくらしていて、美麗が妊娠していることに仔空は気が付いた。
「私のお腹には皇帝陛下の赤子がいる。陛下の寵愛を受けるのは、この私だ」
それを聞いた四妃が、今度は美麗に向かって笑いかけた。
「全くその通りでございます」
「陛下のご寵愛を受けるのは、美麗皇后以外いらっしゃいません」
美麗は、四妃の言葉を聞いて満足そうに微笑んでいる。
そのやり取りを一部始終黙って聞いていた仔空は、大きな溜息をつきそうになるところを寸前で我慢した。今そんなことをすれば自分の首など一瞬で飛んでいくことだろう。
仔空は、再び拱手をしながら深々と頭を下げた。
「私は男であり、下等な坤澤です。皇妃様方を差し置いて陛下のご寵愛を受けるなど、滅相もございません」
ご機嫌をとってこの場から解放されるならばそうしよう……。きっと后妃達は、頭を下げる仔空を満足そうな笑みを浮かべ見下ろしていることだろう。薄汚い坤澤だと、心の中であざ笑っているに違いない。
(なんて惨めなのだろう。これじゃ、花屋 にいた時と何ら変わらないな)
誰にも気付かれないように、仔空はそっと息を吐き出した。
「おい、誰だ。俺の仔空に頭を下げさせる輩は」
「へ、陛下!!」
怒りを湛えた静かな声が響いた瞬間、后妃達の顔が真っ青になる。勢いよく椅子から立ち上がり、皆が皆、拱手をしながら頭 を垂れた。
「俺の仔空に酷い仕打ちをしたら、すぐにでもこの城から叩き出すからな」
「め、滅相もございません。私共は仔空様と仲良くなりたい一心で……」
「ほう、仲良く、ねぇ……?」
さっきまでの威圧的な態度とは打って変わり急にしおらしくなった美麗を見て、仔空は玉風 の偉大さを思い知らされる。
(やっぱり、この人は凄い人なんだ)
仔空は自分を抱き寄せる玉風の顔を、まじまじと見つめる。
「おい、仔空よ。酷いことはされなかったか?」
「い、いえ。大丈夫です」
「この者達に酷い仕打ちをされたら、いつでも俺に言うのだぞ」
皇妃達に嫉妬の眼差しで見られていることを、痛い位感じる。でもそれ以上に、玉風が自分を庇ってくれたということが嬉しかった。
「仔空、其方に『貴人 』の称号を授ける」
その言葉を聞いた瞬間、皇妃達の顔色が変わった。
貴人は、後宮の中で子供を持たない妃の最高の位 にあたる。四妃達のように名高い由緒のある家系に生まれた娘なら、まだ我慢のしようがある。しかしつい先程まで売春宿にいた、しかも女ではなく男が貴人という称号を与えられるなんて……。納得がいかない后妃達が、怒りから小さく体を震わせている。
「陛下……」
「いいのだ、仔空貴人。其方は俺の運命の番だ。何なら今すぐにでも『貴妃 』の称号を授けたいくらいなのだが」
「貴妃ですって……!?」
美麗が顔を引き攣らせながら、悲鳴に近い声を上げた。
「なんだ、美麗。文句でもあるのか?」
「失礼ながら陛下、このどこの者かもわからない坤澤を、いきなり皇后の一つ下の位である貴妃になさるなんて……」
「ほう。お前は、いつから俺に意見ができる程偉くなったのだ?」
「へ、陛下……でも……」
「いくらお前が身籠っているとしても、それは先帝との子供であり、私の子供ではない。身分をわきまえよ」
「……は、はい、申し訳ありませんでした……」
美麗がガックリ項垂れると、四妃の口角が上がって行く。
「では参ろう、仔空貴人」
「え? どこへ行くのですか?」
「其方を歓迎するための宴の準備ができたのだ」
「宴、ですか……」
「そうだ、行こう」
まだ気分を損ねている玉風に腕を引かれ、仔空は百合の宮を後にした。
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