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皇妃達の洗礼④
桜の宮でホッと息をつく暇もなく、玉風 に百合の宮に行くよう命じられる。百合の宮へと出向き、皇妃達へ挨拶をすることになっているようだ。
「もうすぐ『百合の宮』に着きます」
香霧 に付き添われ籠に乗らされた仔空 は、身が引き締まる思いがする。
つい先程、桜の宮を出発するとき、玉風が険しい顔で引き留めてきた。
「いいか、仔空。皇妃達を決して信用してはならぬ」
「……え……?」
「何かされたら、すぐに俺に言うのだ」
玉風のあまりにも真剣な表情に、仔空は言葉を失った。
「後宮は恐ろしい所だ。これだけは肝に銘じておけ」
「…………」
「仔空、わかったな?」
そのやり取りを思い出すだけで、仔空の背筋がスッと伸びる。
今まで仔空がいた場所は男だらけの世界だった。「客を盗ったの、盗られたの」といった争いは日常茶飯事だったが、後宮ではまた違った争いが繰り広げられているのだろうか。
そんな場所で、これから自分は生きていくのか……そう考えると仔空は不安になってしまう。
「大丈夫ですよ、仔空様。私がついておりますので」
「香霧さん……」
「陛下もおりますので、ご安心くださいませ。あの方は本当に立派な方ですから」
そんな仔空の心の変化を悟ったのか、籠のすぐ近くを歩いていた香霧がそっと話しかけてくれる。後宮へ嫁ぐことが決まってから、もう幾度となく香霧に救われてきた。
「仔空様。到着です」
仔空は大きく息を吸って、呼吸を整えた。
「私、仔空が皇妃様方にご挨拶に参りました」
仔空は拱手しながら深々と頭を下げる。その場の空気は肌を切り裂くのではないか、というくらいピリピリしており、顔を上げるのも躊躇われるくらいだ。
「仔空よ、頭を上げなさい」
「はい。失礼致します」
恐る恐る顔を上げると、紅木で造られた長方形の卓に5人の后妃が座っていた。
(あれが、美麗 皇后か……)
卓の一番上座に座り、まるで蛇のように自分の事を睨み付けてくる女を見て仔空はそう思う。きっと自分に頭を上げるよう命じてきたのも、この美麗皇后だろう。
確かに皇后というだけあり、美麗は美しさも威厳も四妃とは比べ物にはならない。真っ白な百合の花が刺繍された黒い着物に身を包み、煌びやかな装飾品を身に着けている。その全てが高価なものだということが、一目でわかる。綺麗に施された化粧が、彼女の整った顔立ちを更に引き立てていた。
「よく参ったな、仔空」
美麗はニッコリ笑って見せるも、その笑顔はゾッと寒気がするような冷たいものだ。明らかに仔空を品定めしている。ねっとりとした厭らしい視線で、仔空の頭の先から爪先までを舐め回すように凝視した。
「ほほう。お前は本当に綺麗な顔立ちをしている。ここにいる四妃より、よっぽど美しいぞ」
その瞬間、四妃の表情が一瞬で強張る。しかし四妃達も無理に笑顔を作り、仔空に話しかけてきた。
「誠にお美しい。私達では到底太刀打ちなどできませぬ」
「本当に。皇帝陛下のご寵愛をお受けになるのも納得できますわ」
「仔空様。どうぞ、仲良くしてくださいね」
顔を引き攣らせながらも、四妃達は歯の浮くようなお世辞を述べて行く。
(気持ち悪い……)
腹の内を探り合うような、あわよくば他の皆を蹴落とし自分が陛下の寵愛を受けたいとでもいうような欲望がひしひしと伝わってくる。
それでもあたかも仲が良さそうに取り繕うその光景に虫唾が走った。
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