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皇妃達の洗礼③
「どうだ? 気に入ったか?」
玉風 に背中から抱き締められる。その力強さと耳にかかる玉風の熱い吐息に、無意識に力が入った。
「陛下……」
「なんだ?」
「私などが陛下に意見を物申すなど、大変恐縮なのですが……」
仔空 は玉風の腕の中で体を反転させ、玉風と真正面から向き合った。
(皇帝陛下に物申すなど、殺されるかもしれない)
咄嗟に仔空はそう思ったが、口に出さずにはいられなかった。怖くて体が震え、目頭が熱くなってくる。
「こんな立派なお屋敷は、私には勿体ないです。私などはどこかの物置で十分です」
「物置……?」
「はい。私のような者が、こんな立派なお屋敷に住むことなどできません」
「…………」
玉風が仔空を凝視しているのがわかる。その視線が痛いくらい仔空に突き刺さった。
「申し訳ありません陛下。私を殺してください」
そう言いながら仔空は床にひれ伏そうとしたが、その瞬間玉風に強く抱き締められ、それは叶わなかった。
「良いのだ。俺は其方が愛しくて仕方ない。この後宮にいる皇妃など、足元にも及ばないくらいに」
「陛下……」
「其方が勿体ないと言うなら、私が足繁くここへ通おう」
玉風が仔空の頬を両手で包み込み、そっと上を向かせる。
「ここは、俺とお前の邸宅だ」
「陛下……」
言葉を紡ごうとしたが、玉風の唇にそっと奪われる。チュッチュッと唇を吸われた後に、チュルンと熱い舌が仔空の口内に侵入し遠慮なく動き回った。
「あぅ……あ、はぁ……」
チュクチュクと音を立てた濃厚な口付けに、仔空の頭がボーッとしてきて腰の力が抜けていくのを感じる。ようやく唇を解放された仔空は、どちらかの物ともわからぬ唾液をコクンと飲み込んだ。
「それから、これも受け取って欲しい」
玉風は自分の着物の懐に手を差し込み、ある物を取り出す。
「其方に、きっと似合うはずだ」
「これは……」
差し出されたのは紅色の首輪だった。
発情 した坤澤 は、乾元 に項を噛まれることで番関係となる。それは、お互いの合意に基づいた行為であることもあるし、発情した坤澤の信香 に当てられた乾元に無理矢理噛みつかれる、という悲しい結末の場合もある。お互いが望まない番関係は、番になったその瞬間から坤澤を不幸へと突き落とす。そのため坤澤は、自分の項 を守る為に首輪を身に着けることが多かった。
「これを、私に……?」
「そうだ。きっと良く似合う」
項を噛まれても大丈夫なようにと店でつけていた鉄の首輪とは違う、柔らかそうな首輪をうっとりと見つめる。小さな可愛らしい桜の花弁がたくさん刺繍してある、牛革の首輪だった。
「俺はできることなら、其方との間に跡取りを授かりたいと思っている」
「え……? 跡取りですか……」
「そうだ。皇太子だ」
「私が、皇太子を……」
今まで散々客に抱かれてきた仔空だが、こんなにもはっきりとそう言われると、どうしても恥ずかしくなってしまう。
「ただ、俺には跡継ぎが必要だが、侍医から幼い頃の病気が原因で子供ができにくい体だと言われている。そんな俺が、子供を授かるなんて到底無理な話なのかもしれない。それに、俺は其方が傍にいてくれるだけで十分なのだ」
「子供のできにくい体……ですか?」
「そうだ。だから、皇太子のことは気にすることはないし、周りの言うことにも耳を貸すな。ただ念のため、これからは発情を抑える薬も、避妊薬も飲んではならない。少しでも可能性があるのであれば、俺はそれを信じてみたいんだ」
「はい……」
必死に振り絞った声は羞恥心のせいで上擦ってしまった。
「『鬼神 』の生まれ変わりとされている其方の雨露期 が楽しみで仕方ない。一体、発情した其方の抱き心地はどんなものなのだろうな」
耳元で甘く囁かれると、ゾクゾクッと仔空の背中を甘い痺れが走り抜けていった。
「この項に噛み付くのはこの俺だ。それだけは忘れるな」
仔空は、着物と同じ紅色の首輪を玉風に付けてもらう。
「今宵、閨で待っていろ。其方を抱きに行くから」
そう囁く玉風に、仔空は再び唇を奪われる。
(なんでだろう。雨露期じゃないのに、体の奥がジンジンと甘く痺れる)
仔空ははしたないと思いながらも、恐る恐る玉風の首に両手を回す。そして春風に攫われてしまいそうなか細い声で呟いた。
「陛下……もっと……」
「ん?」
「もっと、口付けをください」
「ふふっ。其方はどこまで可愛いのだ」
優しく玉風に腰を抱かれた仔空は、心の奥底で芽生えつつある思いに戸惑いを感じていた。
(僕は、この人の言葉を……信じていいのだろうか……)
玉風の口付けを一身に受けながら、仔空は身も心も陶酔していった。
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