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【第四章】皇帝陛下を待ち侘びて①

「ん……んん……」  仔空(シア)は眩しい朝日を浴びて目を覚ます。  寝ぼけ眼ながら周りを見渡せば、そこは仔空の知らない場所だった。桜の木の枝がサラサラと揺れる音と、小川のせせらぎが聞こえてくる。 「……ここは、どこだ……痛ッ……!」  少し体を起こすだけで、頭が割れそうな程ガンガンと痛んだ。着物を見れば、真っ白な絹織物の寝巻に変えられている。 「誰が着替えさせたんだよ……」  仔空は頭を抱えて再び布団に潜り込んだ。  少し冷静になってから、もう一度部屋を観察してみる。今自分が横になっているのは、どうやら寝台のようだ。それらは広間に置かれていた卓と同じ漆塗りだろうか。しっとりとした中に煌びやかさが見て取れる。掛けられている布団は羽毛らしく、フワフワとしていて温かい。窓の近くに飾られている風鈴が、チリンチリンと優しい音色を奏でていた。何から何まで煌びやかで格調高い家具や部屋の造りに、仔空は大きな溜息をつく。 「やっぱり、僕のいる場所ではないのかもしれない……」  では、売春宿である花屋に戻るのか、と聞かれたら、それも絶対に嫌なのだ。今の仔空には安心できる居場所なんてなかった。  部屋の中央を見れば、美しい桜の刺繍が施された絹織物が垂れ下がっている。 「あ、もしかしてここ。居間の奥にあった部屋だ」  この部屋は、昨日玉風(ユーフォン)と訪れた時には見ることができなかった最奥の部屋のようだ。 『(ねや)で待っておれ。其方を抱きに行くから』  玉風の囁く声が、鮮明に思い起こされる。 「ここが、閨か……」  顔を真っ赤にしながら、仔空は頭から布団を被った。 「おはようございます! 仔空貴人(シアきじん)」   突然目の前に現れた元気な少女に、仔空は呆気に取られる。その少女は満面の笑みを浮かべており、嫌味がない。桜色の着物を着ていて、年は15歳くらいだろうか。長い髪を頭のてっぺんで二つのお団子にしている。 「さぁ、仔空貴人。お着替えになられて、朝食を召し上がってください」 「あ、あの……」 「昨夜の宴は本当に盛大でしたね。恐らく今夜も続くのではないでしょうか? 私達の旦那様は、陛下のご寵愛をお受けになられていて鼻が高いですよ!」 「ちょっと、あの……」 「さぁさぁ、お布団から出てくださいませ」  楽しそうに仔空を布団から引っ張り出そうとする少女に、仔空は心底困ってしまう。 「貴方は、どちら様でしょうか」  そう少女に問おうとした瞬間、少女の背後から全く同じ声が聞こえてきた。 「ちょっと、玲玲(リンリン)! 仔空貴人は、私達に初めてお会いするのよ? 自己紹介くらいなさい!」  玲玲と呼ばれた少女を𠮟りつけたのは、彼女に瓜二つの少女だった。同じように桜色の着物を着て、長い髪を頭の上で一つにまとめ上げている。しかし、玲玲より気が強くしっかりしていそうな印象を受けた。 「あ、申し訳ありません、貴人」  玲玲は拱手をしながら、深々と(こうべ)を垂れて床に跪く。 「私は玲玲と申します。仔空貴人のお世話をするよう、陛下より言い付けられました」  そう微笑む玲玲は、相変わらず元気一杯だ。 「そして、仔空貴人。私も貴方様のお世話をするよう陛下より言い付けられております、明明(メイメイ)と申します」  明明と名乗った少女も、玲玲同様に深々と拱手礼をした。 「あの、お二人はもしかして……」 「はい! 双子でございます!」  玲玲の屈託のない笑顔に、仔空の体から一気に力が抜けていくのを感じる。 「これからは何でも言いつけ下さいませ」   そう微笑む玲玲と明明に、仔空は優しく微笑んだ。  

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