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皇帝陛下を待ち侘びて⑨
(なんだか体が変だ)
その晩、仔空 は起き上がることさえできなかった。体が異常に怠く、熱っぽい。特に胃がカッカと焼ける程熱かった。
(雨露期 なんだろうか……)
苦しさのあまり呼吸がどんどん浅くなり、汗がじっとり滲む。
「はぁはぁ……苦しい……」
仔空は身を丸くして、その苦痛に必死に耐えた。
「仔空貴人 、仔空貴人。お休み中申し訳ありません。たった今、陛下がお戻りになられました」
「皇妃様方が『黄龍殿 』にお集まりになられて、陛下をお迎えになられるようです。仔空貴人も参りましょう」
いつの間にか眠ってしまっていた仔空の体を、玲玲と明明がそっと揺らした。
「陛下がお戻りなられたのですか?」
「はい! そして何と驚くことに、真っ先に仔空貴人の心配をされたそうですよ!」
「そうですか……」
嬉しそうな玲玲 の表情に、仔空の顔にも安堵の笑みが浮かぶ。
「あら? 仔空貴人。お顔が真っ青です。大丈夫ですか?」
「はい、大丈夫です」
何とか体を起こした仔空の顔を、明明 が心配そうに覗き込む。このまま横になっていたいところだが……仔空は何より玉風 に会いたかった。
「僕は大丈夫ですから、籠を準備していただけますか?」
「はい。かしこましりました」
「では、仔空貴人。お着替えをお願い致します」
玲玲と明明が、実に手際よく作業に取り掛かった。
栄華宮から黄龍殿まではかなり距離がある。女官達の話では、玉風が率いた軍は朱雀門を越え、黄龍殿へ向かっているとのことだ。
(早く、早く陛下にお会いしたい)
仔空は強い焦燥感を覚えていた。今頃、玉風のご機嫌をとろうと皇妃達が我先にと黄龍殿へと向かっていることだろう。それなのに、籠がガタガタと揺れる度に、耐え難い吐き気に襲われる。胃から込み上げてくる熱い液体を、吐き出さないように必死に堪えた。
「陛下……はぁはぁ……陛下……」
遂には目が霞み始め、籠の中に寄り掛かる。もう、自分の体を支えていることも大変な状態だった。
そんな仔空を乗せた籠は、まるで疾風の如く黄龍殿へと向かったのだった。
◇◆◇◆
仔空が黄龍殿に到着した時には、美麗皇后を始め、四妃が既に集まっていた。
「遅くなり、大変申し訳ありません」
仔空は息も絶え絶えに拱手礼をする。
「貴人の分際で最後に到着なんて、随分な身分ですわね」
「本当ですわ、美麗 皇后」
「陛下の寵愛を受けているからと、調子に乗っているのですよ」
美麗の言葉に、蓮 と万 がまるで機嫌をとるかのように同調している。
「大変申し訳ありません」
「ふん。図々しいにも程がある」
美麗が仔空を見下ろし、あからさまに不機嫌な顔をした。
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