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皇帝陛下の怒り④

「死ね、(リェン)妃よ」 「いやぁぁぁ!!」  玉風(ユーフォン)が蓮の首に刀を振り下ろそうとした瞬間、仔空(シア)の体が勝手に動いた。 「陛下、やめてください!!」 「仔空貴人(シアきじん)」  刀を振り下ろそうとする玉風の腕に、思い切り抱きつく。そんな仔空を見た玉風が目を見開いた。 「其方、目が覚めたのか?」 「はい、つい先程。陛下、どうか蓮妃を殺さないでください」 「仔空……」  玉風は刀を床に投げ捨てると、仔空の頬を両手でそっと包んでくれた。 「だがこの女は、其方の命を……」 「大丈夫、僕は生きています。だから、お願い……僕の為に人を殺さないで……」  確かに、仔空が意識を失う瞬間、笑みを浮かべる蓮と目が合った。だからきっと、仔空に毒を盛ったのは蓮だろう。 「でも、お願いします。殺さないで……」  人の命がこんなにも簡単に消えてしまう世界があるなんて、仔空は知らなかった。消え入りそうな声で囁けば、切なそうに顔を歪めた玉風が仔空の唇を奪い去る。  舌を絡め合う激しい口付けに、仔空の瞳からポロポロと涙が溢れ出した。大勢の人間が自分達を見ているとか、そんな事を考える余裕などない。無我夢中で、玉風の貪るような口付けを受け止めた。そんな仔空を、玉風は強く抱き締めてくれる。 「わかった」 「え……?」  熱い口付けから解放された仔空が、荒い呼吸を繰り返しながら玉風を見上げる。 「わかったと言っているのだ。お前がそう言うなら、蓮妃は生かしておく」 「陛下……ありがとうございます」 「ただ……蓮の階級を『常在(じょうざい)』に下げ禁足処分とし、代わりに、仔空を『()』の位に命ずる」 「わぁぁぁぁ!!」  それを聞いた蓮が大声で泣き出す。  その姿は見ていて痛々しかったが、蓮が殺されなくて良かったと、心の底から安堵した。ホッとした瞬間、体からスッと力が抜けていく。再び目の前が真っ暗になり、ガクンと床に崩れ落ちた。 「大丈夫だ。お前が目を覚ました時には、全て片付いている。だから、ゆっくり休むがいい」  薄れ行く意識の中で、温かなものに抱き締められたような気がした。   ◇◆◇◆  遠くから、サラサラと小川の流れる音が聞こえてくる。  冷たい夜風に攫われた桜の花弁が、開けたままになっている窓から舞い込んでくる。ヒラヒラと羽の様に踊りながら、桜の花弁はそっと仔空の寝台に着地した。  ふと窓の外を眺めれば、夜桜がサワサワと大きく揺れている。空へと舞い上がる桜の花弁はとても綺麗なのに、仔空は寂しくなってしまう。綺麗だからこそ、散って消えていくその姿が物悲しく感じられたからだ。  きっとここは桜の宮だ。四角い行燈に灯された炎が、ユラユラと淡い光で閨を包み込んでいる。 「ん……?」  自分の右手に温かな体温を感じた仔空は、その温もりをそっと視線で追いかける。 「え……陛下……」  仔空の視線の先には、自分の手と繋がる玉風の手があった。 「陛下……」  まるで自分を守るかのように強く握られた手に、仔空はそっと口付けをする。 「お会いしたかったです、陛下……」  そのまま、玉風の手を両手で握り締め頬擦りをした。 「俺も会いたかった、仔空妃」 「へ、陛下……起きてらっしゃったのですか?」 「ふふっ。こんな可愛らしい顔で其方が寝ているのに隣で呑気に寝ていられる程、俺はできた男じゃない」 「意地が悪いです」 「まぁ怒るな。それより体調はどうだ?」  玉風は心配そうな顔をしながら、仔空の髪を撫でた。 「ご心配をおかけして大変申し訳ありません。もう大丈夫です」 「そうか、なら良かった。だがまだ顔色が悪い。無理はするな」 「はい。ありがとうございます」  安堵したような顔をする玉風を見れば、仔空の心は陽だまりの様に温かくなった。  

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