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皇帝陛下の怒り③

「父様、母様。どうして僕はみんなと目の色が違うのですか?」  幼い仔空(シア)が両親にそう問い掛けると、両親はなぜかいつも悲しい顔をする。聞いてはいけないことなのだろうと頭ではわかっているものの、どうしてもその疑問は消えない。 「なんで僕の目は、翠色なのですか?」  居た堪れないという表情をしながらも、二人とも優しく仔空を抱き締めてくれる。 「仔空、お前の目は他の人とは違うかもしれないが、とても綺麗だぞ」 「父様、本当ですか?」  父親に抱き上げられた仔空は、緑色の瞳をキラキラと輝かせた。 「本当だよ」 「仔空。貴方は私達の宝物なのよ」 「わぁ! 母様、ありがとう」  ──仔空。愛してる 「……はっ……」  仔空は荒い呼吸をしながら目を覚ます。自然と涙が頬を伝っていた。 「はぁ、はぁ、はぁ……夢……?」  体中を冷や汗が流れ落ち、布団がしっとりと濡れている。  もう何度も繰り返し見た夢。自分が唯一幸せだと感じていた、幼かった頃。そんな幸せは将来、脆く崩れ去ってしまうのに、永遠に続くものだと疑うこともしなかった。   仔空は呼吸を必死に整えながら、辺りを見渡す。 「ここはどこだ……」  桜の宮も煌びやかで豪華な屋敷だが、ここは桜の宮とは比にはならない程重厚感に満ちた佇まいだ。皇帝の象徴ともされる黄龍が刻み込まれた立派な柱に、天まで届くのではないかと思うほど高い天井。そこからは美しい刺繍が施された布が垂れ下がっていた。 「凄く立派な部屋だ……」  まさかここが皇帝陛下の閨だとは思いもしない仔空は、ぼーっと屋敷の中を眺める。  ズキンズキン。 「くっ……痛い……」  仔空が少し頭を動かすだけで、まるで鈍器で殴られたかのような鈍い痛みに襲われた。胃もチリチリと焼けるようだし、全身が熱っぽい。  そんな重たい身体をようやく起こし、「誰かいませんか?」と声を出そうとした瞬間。仔空の耳に、女の甲高い悲鳴が聞こえてきた。 「いやぁぁぁ!! 陛下、お許しくださいませ!! 私も後宮に嫁いですぐ、先帝の妃に鴆毒(ちんどく)を盛られたことがありました!! あの時は、私を庇ってなどくれなかったではないですか!?」 (あ、(リェン)妃の声だ)  仔空は耳をそばだてる。 「ほぅ……お前、貴人(きじん)に盛られた毒が、よく鴆毒だとわかったな?」 「えッ!?」  蓮の息を吞む音までが聞こえてくるようだ。 「お前だろ? 貴人に毒を盛ったのは」 「陛下……私は……私は……わ゛ぁぁぁー!! 命だけは、どうか命だけは……!!」  そんな蓮の声に、ただ事では無いと感じた仔空は、重たい体に鞭を打ち、声がする方へと向かった。  フラフラと壁伝いに歩くと、その廊下は大広間へと続いていた。薄暗い廊下から急に明るい場所へ来た仔空は、思わず目を細める。ようやく眩しさに慣れた仔空の目に飛び込んできたのは、玉風に刀を突き付けられブルブルと震える蓮だった。少し体を動かしただけで、鋭い刃が今にも蓮の喉を切り裂いてしまいそうだ。  その光景に仔空の背筋を冷たいものが走り抜けて行く。 (怖い……)  生まれて初めて見るそんな恐ろしい光景に、仔空の全身から血の気がスっと引いた。  自分のことをあんなに愛おしそうに見つめてくれた玉風(ユーフォン)が、今は冷たい視線で蓮に刀を向けている。 (皇帝陛下は、人を殺すのか……)  あの玉風が人を殺すなど……仔空は信じられなかった。

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