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皇帝陛下の怒り②

 玉風(ユーフォン)が玉座に着いた時には、黄龍殿(こうりゅうでん)はピンッと張り詰めた空気に包まれていた。玉風が鋭い視線で周りを見渡した瞬間、 「陛下! 申し上げます。仔空貴人(シアきじん)がこのような目に遭われたのは、偏に私の責任でございます」  香霧(コウム)が床に額を擦り付け深々と頭を下げた。 「陛下がご不在中、仔空貴人をお守りできなかったことが大変無念でありません。食事の毒味係をしていたのも、私でございます」  そのまま香霧が勢い良く顔を上げ、玉風を見上げる。 「私を殺してください。死んで責任を取ります」  そして、再び頭を下げた。 「香霧を殺しますか?」  玉風のすぐ隣に控えている来儀(ライギ)が、腰に下げている刀に手を掛ける。 「…………」 「陛下、ご決断を」 「うむ……」  玉風は玉座の肘掛に頬杖をついたまま、静かに香霧を見つめている。  香霧の額から玉のような汗が流れ落ちた。 「そうだな。しかし、香霧より先に殺さなければならない奴は他にいそうだ。あいつを連れて来い」 「かしこまりました」  来儀が拱手礼をし、その場から去って行く。 「香霧よ。確かにお前には失望したが……仔空貴人はまだ生きている。今回は大目に見よう」  香霧は全身から力が抜けて行くのを感じる。生きた心地がしないというのは、正にこういうことだろう。  次の瞬間、大広間へと繋がっている廊下が騒がしくなる。その場にいる者達が、皆廊下の方へと視線を移した。 「離せ! 離しなさい! 私を誰だと思っているのだ!」  耳を(つんざ)く程の金切り声を上げながら、来儀に腕を掴まれて連れてこられたのは……。 「私は、(リェン)妃ぞよ! 無礼者め!」  水仙の宮の蓮だった。蓮は気の強そうな瞳を見開き、来儀に必死に抵抗している。 「陛下が貴方様にご用事があるそうだ。大人しくしろ」 「陛下が?」  大広間まで連れて来られた蓮は、玉座の前に突き出される。その勢いで、無様にも床に転んでしまった。 「蓮妃よ……」 「へ、陛下……陛下が私に、何のご用でしょうか?」  蓮は取り繕うかのような笑顔を浮かべ、急いで両手を床に付き頭を下げる。 「陛下が私を呼んでくださるなんて、本当に嬉し……」 「黙れ」 「え?」 「いいから黙れ。耳障りだ」   玉風が獣のような瞳で蓮を睨み付ければ、ビリビリッとその場の空気が震えるようだ。香霧は、こんなにも玉風が怒りを露わにしたのを初めて見た。 「貴様か、仔空貴人の食事に毒を盛ったのは」 「…………!?」 「貴様かと聞いているのだ」 「ヒィィッ!」  玉風が玉座のある台座を降り大広間に降り立てば、誰もが体を強ばらせ思わず後ずさった。 「わ、私は毒など……」 「嘘をつくな。水仙の宮の女官達が、口々にお前がやったと申しておるぞ」 「な、何を……陛下は女官達の言うことを信用されるのですか? どうか、どうか私を信じてくださいませ! 私は断じて仔空貴人に毒など……」 「ならば」  玉風が蓮の顎を乱暴に掴み、自分の方を向かせる。強制的に玉風と視線を合わせられた蓮は、華奢な体をガタガタと震わせた。 「貴様も、女官達と一緒に拷問部屋で鞭打ちにされたいか?」 「へ、陛下……私は……」 「鞭打ちにした後、女官共々川に放り込んでやる」 「…………!?」  蓮の目からはボロボロと涙が溢れ出し、恐怖のあまり声も出ない。 「まさか……陛下がこんなにも仔空貴人をご寵愛していたとは……」  蓮の首元に刀を押し当てている玉風を見て、香霧は唇を噛み締める。  蓮の荒々しい息遣いが、やけに鮮明に香霧の耳に届いた。彼女は殺される……その場にいた誰もがそう感じていた。  

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