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結ばれた二人⑧
髪をサラサラと優しく揺らす夜風に、仔空 は目を覚ます。
薄く開けられた閨の窓からふと外を見れば、まだ散ることのない桜の花が庭園に咲き乱れている。まるで室内を淡く照らす行燈のような朧月が、薄桃色の桜の花弁をまるで浮世絵のように浮かび上がらせていた。
体を起こすと、まだ夢の中にいる玉風 が、無意識なのだろう。ギュッと腰に抱きついてくる。そんな玉風の髪をそっと撫でた。
昨晩、あんなに激しく抱き合ったにも拘わらず、気怠さこそあるものの体に痛みはない。花屋で客をとった後はいつもボロボロになっていたのに……。
着物を着た仔空は、まるで桜に吸い寄せられるかのように、そっと布団を出て夜の庭園へと向かった。
◇◆◇◆
「んー、気持ちいい……」
大きな池に掛かる橋の上で、大きく深呼吸をする。池にはユラユラと満月が揺れていて、小川の音が心地良い。風が吹く度に、桜の花弁が空へと舞い上がっていった。
「痛い……」
ふと痛みを感じて項を押さえれば布が当てられており、その上から首輪が巻かれている。
「あ……首を噛まれたんだっけ」
そのことを思い出しただけで仔空の体は火照っていく。
「僕は……陛下に抱かれたんだ……」
多幸感に包まれ、つい我を忘れて乱れてしまったことが恥ずかしくて仕方ない。雨露期 でもないのに、なんであんなにも乱れてしまったんだろう……。
「陛下が相手だったからなのかな……」
仔空は、そっと自分の体を抱き締める。こんなにも汚れた自分を慈しむかのように抱いてもらえたことが、嬉しくて仕方ない。
「こら、薄着で外に出たら風邪をひくぞ」
「陛下……」
「こんなに体が冷たくなっている」
玉風が背中から抱き締めてくる。そのまま拗ねた子供のように仔空の首筋に顔を埋めた。
怒っているのかと仔空が恐る恐る振り返れば、唇に柔らかな物が触れ、啄まれる。
(やっぱり陛下の口付け、気持ちいい……)
うっとりと見上げれば、 悲しそうな顔をした玉風がそっと首筋を撫でた。
「すまない。痛かっただろう」
「いえ、そんな。ただ……今僕は雨露期ではないので、『番』になることはできません」
「わかっている。ただ俺は、其方を傷つけてしまった自分が許せないのだ。其方を妃に迎える時、大切にしようと決めたのに……」
「陛下……」
玉風は仔空の首輪にチュッと口付けた。
「すまない……」
仔空を労るかのような抱擁に、仔空の心が甘く震える。
「其方を初めて見た時に、運命を感じた。あの店の中から寂しそうな顔で桜を眺める其方に、一瞬で心を奪われたのだ」
「…………」
「俺はずっと、愛は誰かに与えられる物だとばかり思っていた。だけど今は違う。其方に会って、愛は貰うものではなく捧げる物だという事に気付いたのだ」
仔空はギュッと玉風に抱き締められた。力が強すぎて息が苦しい。こんな風に誰かに抱き締められるのは、生まれて初めてだ。
「先程、目が覚めた時に、隣に其方がいなくて怖くなった。こんなに他人を大切に思ったことがないから、どうしたらいいのかがわからない」
「陛下……」
「其方から少しでも目を離したら、桜に攫われてしまいそうだ」
その瞬間強い風が吹き、桜の花弁が一斉に空高く舞い上がって、そのまま満月に吸い込まれて行った。トクントクンと仔空の鼓動がどんどん速くなり、胸がキュッと締め付けられる。苦しそうに顔を歪める玉風を見ているだけで、仔空の瞳に涙が浮かんだ。
(あぁ、この人の傍にいるとこんなにも心が穏やかになる。やっぱり僕は陛下のことが……)
仔空の中で1つの感情が芽を出した。その芽は天に向かってどんどんと大きくなっていく。
「陛下……僕は、陛下をお慕いしております」
「仔空……」
「大丈夫。僕はどこにも行きません。陛下のお傍に、ずっといます」
仔空は、玉風の温かな腕の中で小さな幸せを見つけた。
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