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冷宮⑦

「久しぶりですね、仔空妃殿下(シアひでんか)」 「……助けに、来てくれたのですか……?」 「ふふっ。どうでしょうね」  息も絶え絶えに顔を上げれば、そこには見慣れた顔があった。一体何が起きているのかが理解できずに、言葉を失う。仔空がよく知っている人物なのに、いつもの優しい笑顔はすっかり影を潜め、背筋が凍りつきそうな冷たい表情をしていた。 (怖い……)  咄嗟に全身に力を籠める。  逃げなければ……と頭ではわかっているのに、どんどん火照る体は思うように動いてなどくれない。腕を突っ張り、何とか体を起こした。  仔空の視線の先にいるのは、立派で、成熟した乾元(アルファ)。威厳と気品に満ち溢れたその存在に、仔空は圧倒される。 「香霧(コウム)、さん……」 「仔空妃殿下、発情(ヒート)されているのですか? 可哀想に……辛いでしょう」 「い、嫌だ! 触らないでください」  香霧が自分を抱き寄せようとしたから、仔空は腕を突っぱねてそれを拒絶した。  玉風(ユーフォン)以外の乾元に触れられたくない、その一心だった。  発情している自分が、乾元を目の前に冷静でいられるはずなどない。香霧から離れようと、全身に力を入れる。 「大丈夫、大丈夫ですから……放っておいてください」 「何を言っているのですか。こんないい香りをさせた坤澤(オメガ)を乾元が放っておくはずなんかないでしょうに……」 「いや、嫌だ! お願い、触らないで……こっちに来ないで……!」  精一杯力を込めても、力で彼に敵うはずなどない。抵抗も虚しく、腕の中に捕らわれてしまった。  ブワッ。  仔空の体から香りが一気に溢れ出すのを感じる。 「嫌だ、嫌だ……陛下、陛下……!!」 「呼んでも陛下が来るわけないでしょう。あの方がお戻りになられるのは明日だ。それまでに貴方をどうにかしないと……」 「ど、どういうことですか……?」 「貴方は本当に素直な方だ。それ故に、なんて愚かなのだろう」 「な、何を言っているのか意味がわからない」  仔空は香霧に抱き締められたまま首を振る。なぜいつも自分の傍にいてくれた香霧がこんなことを……。 「なら教えてあげましょう。皇太子殿下を殺したのは、この私です」 「え……?」 「私が皇太子殿下を殺したのです」 「……な、なぜ……?」 「貴方を陥れ、王宮から追い出すために決まっているでしょう」   一気に血の気が引き、目の前が真っ暗になった。香霧の言っていることが理解できない。自分を嘲笑うかのように見下ろす香霧が、知らない他人のように見える。 (香霧さんが皇太子殿下を? そんなはずはない……)  耳元で香霧がクスクスッと笑った後、艶めかしい声で耳打ちをした。 「貴方に雨露期(ヒート期)が来ないよう毎日の食事に抑制剤を入れていたのも私。蓮妃に鴆毒(ちんどく)を渡したのも私……。毒見をしていた私が毒に侵されなかったのは、解毒薬が入っているお茶をすぐに飲んだからです」 「そ、そんな……」 「それから夏雲(シァユン)陛下をそそのかしたのも私。箪笥(たんす)にしまってあった抑制剤を盗んだのも、百足(むかで)の毒が抑制剤に含まれていることを美麗(メイリン)皇后に教えたのも全部私……。貴方が抑制剤を持っていたと教えてやれば、あの女、期待通り貴方を冷宮(れいきゅう)に追いやってくれた。あわよくば、殺してくれればよかったのだがな……」  香霧は話しながらうっとりと目を細める。まるで自分に陶酔しているかのようだ。 「貴方を陥れるために、全部私が計画したこと。皆私が悪知恵を少し吹聴するだけで、面白いくらい思い通りに動いてくれました。私に利用されているだけだとも知らずにね……」 「な、なんでそんなことを……。僕は貴方を信じていたのに……」  香霧に問い掛ける声が震えている。 「貴方は、とても優しい人だ。皇太子殿下を手に掛けたり、僕を陥れるなんて信じられない……」 「なんで、だと……? ふざけるな!!」   香霧の怒号が冷宮に響き渡ったものだから、仔空がビクッと体を震わせる。怒りに震え目を血走らせた香霧に、顎を強く押さえつけられた。

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