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動き出した運命②

  「よいしょ……」  段々重たくなってきた体を起こすと「大丈夫か!」と玉風(ユーフォン)颯懍(ソンリェン)が同時に飛んでくる。喧嘩ばかりしていても、どこか似ている二人を見ていると可笑しくなってしまう。  心の底から幸せを感じることができるのだ。 「ありがとうございます。陛下、颯懍。僕は大丈夫ですよ」 「無理はするなよ。大事な体なのだから」 「はい、陛下」 「お前は、本当に愛しい奴だな」  うっとりと目を細めながら自分を見つめる玉風を見ていると、心の底から愛されていることを実感できる。何年たっても、二人の間に子供ができても、変わることのない夫の愛情が嬉しくてたまらない。そっと玉風の手に自分の手を重ねた。  そんな二人のやり取りを見て唇を尖らせていた颯懍が、ふと目を見開いた。 「おい、あの者は?」 「え? あ、はい、皇太子殿下。あれは私の息子、魅音(ミオン)にございます」 「魅音……」  仔空の傍にいる侍医(じい)が、すまなそうに(こうべ)を垂れた。 「申し訳ございません。仕事の時にはついてくるなと言っているのですが、家で待っていられなかったようですね。すぐに帰しますからお待ちください」 「いや、別に構わない。それより魅音はもしかして……」 「はい、坤澤(オメガ)です。王宮にいる坤澤は仔空皇后だけにも関わらず、皇帝陛下の計らいで魅音も置いていただいているのです」 「そうか」  颯懍の視線の先には、自分より少し年上に見える少年がいた。魅音は、まるで少女のように可愛らしい風貌をしている。そのあまりの美しい見た目に颯懍の心臓がトクンと跳ねた。  それと同時に体が少しずつ熱を帯びていくのを感じる。髪がフワリと逆立ち、爪先から頭のてっぺんまで痺れていった。颯懍は今まで母親である仔空以外の坤澤を見たことはなかったが、魅音に視線だけでなく心までも奪われていく感覚に襲われる。  勿論、幼い颯懍が「これは一目惚れだ」と気づくまでには大分時間がかかるのだが……。運命の歯車は動き始めていたのかもしれない。 「お母様より美しい坤澤がこの世にいるはずがない」  唇をキュッと噛み締めながら、魅音を見つめる。その瞬間、顔を真っ赤にして柱の影に隠れてしまった。そんな魅音の手を引き、丁寧に一礼した侍医が桜の宮を後にする。  そんな魅音を、寂しそうな顔つきで颯懍は見送った。  こうして、またもう一つの物語が動き始めるのだが、それはまた別のお話……。 「仔空(シア)皇后、気分がいいなら庭まで散歩に行こう」  寝台に座っていた玉風が仔空の顔を覗き込む。 「はい、陛下」 「仔空。慕っているぞ、永遠にな」  フワリと唇と唇が重なり、仔空の心が甘く締め付けられる。もう何年も一緒にいるのに、彼を思う気持ちが色褪せることはない。二度目の妊娠をしてから、玉風と体を重ねる機会が減った仔空の体が少しだけ熱を帯びた。 「そんな艶っぽい顔で見つめてくれるな。我慢ができなくなるだろう?」 「あ、はい。申し訳ありません」  口ではそう言いながらも体を摺り寄せれば「ずるい。僕も混ぜてください」と颯懍が玉風に飛びついてくる。 「本当にうるさい奴だ。仔空皇后は俺のものだって言っているだろう?」  むくれた顔をしている颯懍を玉風が軽々と抱き上げた。それから乱暴に頭を撫でてやれば、はじめは面白くないといった顔をしていた颯懍も「ふふっ」と笑顔になる。それから甘えるように玉風の首にしがみついた。  そんな我が子を、玉風も愛おしそうに抱き締めている。  季節は春に別れを告げ、夏がやってくる。うだるような夏を超えれば、紅葉と銀杏が一斉に色付く秋になる。寒い冬が訪れて、風花が舞う頃にはまた新しい命が誕生することだろう。  お腹の子供は坤澤のような気がする。性別はきっと男の子だろう。仔空は何となくそう思うのだ。  花屋(かおく)にいた頃は坤澤である自分を呪ったが、今は違う。愛する番の子を身籠れたことに、幸せを感じられるからだ。だから、この子もきっと幸せになれる……。もう一度お腹を擦れば、元気に足で蹴り返してきた。 「でも、少しだけ穏やかな性格で生まれてきてもらえたら僕は助かります」  つい苦笑いしてしまう。 「おい、仔空皇后。参るぞ」 「あ、お母様、虹が出ています。早く早く!」 「本当ですか? 今行きます」  にっこりと微笑みながら自分を呼ぶ玉風と颯懍を見ていると、仔空の口角は自然と上がっていく。  新しい家族が増え、またもう一つの新しい物語が動き出す瞬間(とき)……そこはいつも、笑顔で溢れていることだろう。 【幸せを呼ぶ坤澤は皇帝陛下に寵愛される 完】 何ヶ月にも渡りお話を読んでくださった方々に、心よりお礼申し上げます。 私自身このお話がとても大好きなので、こうして世に送り出せたことをとても嬉しく思っています。 これでこの物語は完結となりますが、仔空と玉風はずっとずっと幸せに暮らしていくことでしょう。 最後になりますが、本作品は第四回小説大賞の応募作品となっています。もしよろしければ、投票をお願い致します。 応援してくださった皆様、本当にありがとうございました( .ˬ.)♡ 舞々より

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