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オメガとして4

 樹くんからプロポーズをされて、それを受けてから一週間ほどしてから僕の住むマンションに父がやってきた。  樹くんとのデートから帰ってすぐにインターホンが来客を告げた。  玄関ドアを開けると、そこには父がいた。父の顔をきちんと見るのは何年ぶりだろう。きっと母の葬儀以来だと思う。  ここに住んでいることは父は知っているけれど、父がここに来たのは初めてだ。だから、つい身構えてしまう。そうでなくても、子供の頃からほとんど一緒にいたことのない人だから緊張してしまうのに。そんな父が一体なんの用だろう。  父のためにコーヒーを淹れ、対面に座る。自分の分もコーヒーを淹れてあるけれど、緊張して、とても飲む気にはなれない。  当然だが父は緊張もなく、優雅にコーヒーに口をつけ、先に口を開いたのは父だった。 「オメガになったそうだな」  なんで僕がオメガになったことを父が知っているんだろう、と考え戸籍にいきあたる。第二性が変わったことで戸籍がそれまでの”男性ベータ”から”男性オメガ”へ変更になるのだ。この間病院で、バース変更の手続きはバース科の方ですると言われていたので、戸籍のことを忘れていた。 「なんで言わなかった」 「……」  言いたくなかったから。なんて言えるはずがなく、黙っているしかない。 「加賀美のオメガとなったのなら、番相手を探すから待っていろ」 「番契約は、しています」  小さい声で、しかしはっきり言うと父の顔は激しいものになった。 「なんだと?! 家に何も言わずに勝手に番契約したというのか! 加賀美の家がどんな家かは知っているだろう。役立たずは、そんなこともわからないのか!」  オメガになっても罵声は浴びるのか。役立たずか。出来損ない、役立たず。父の口からはそんな言葉しか聞いたことがない。まぁ、加賀美の家の人間が、家長である父に内緒で勝手に番契約をしたのだから気に入らないんだろう。でも、僕は家のためにわざわざオメガになったわけじゃない。僕は僕のためにオメガになったんだ。 「あいつはそんな教育もせずに勝手に死んでいったのか」  僕が気に入らない父は、今度は死者である母に文句がいく。この人は、人のことを将棋の駒だとでも思っているんだろうか。オメガだってベータだって心を持った人間なのに。この人は家のため、と言って勝手に番・結婚相手を決め、有無を言わさない。それがこの人だ。なのに僕は父に黙って勝手に番契約を結んだ。それは気に入らないだろう。 「母は関係ないです」 「で、相手はどこのどいつだ。どうせ、どこの馬の骨ともわからないやつだろう」 「如月樹くんと言って、Kコーポレーションの子息です」 「なんだと? あのKコーポレーションか! よくやった!」  父の言葉を聞いて呆れてしまった。Kコーポレーションの名を出した途端、舌の根も乾かぬうちに褒めるのか。ブランド物を買い漁る女性と何も変わらない。こんな人が自分の父だとは思いたくない。

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