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束の間の幸せ5

 マンションを下に降りていくと、黒塗りの車が止まっていた。そして後部ドアの前にはビシッとしたスーツを着た三十代半ばほどの男性が立っていて、樹くんの姿を確認すると、ドアをスッと開け、深々とお辞儀をする。 「おはようございます。おぼっちゃま」 「おぼっちゃまはやめてよ。もう今年二十三歳だよ。あ、谷口。こっちが優斗。俺の結婚相手。優斗、こっち谷口。俺の執事をやって貰ってた」 「優斗様。谷口と申します。今後、よろしくお願いいたします」 「あ!加賀美優斗です。あ、もう如月になるんだ。えっと。よろしくお願いします」  今日、結婚式と言うことで、婚姻届も今日出しちゃおうと、式場に行く前に役所に寄り提出することにしてある。   だから、厳密に言うと、今はまだ加賀美だけど、数十分後には如月になる。 「実家に行くと顔合わせると思うから」  専用の執事がいるなんてすごいよな。そんな人と結婚するんだな。普段は意識することはないけど、改めて樹くんっておぼっちゃまなんだな、と思う。 「どうぞお乗り下さい。婚姻届を提出してから式場に行くと聞いております」 「うん。よろしく。優斗、乗って」 「あ、うん」  車に乗ると座り心地の良いシートだった。やっぱり良い車はシートも違う。 「父さんなんかも早く行くの?」 「十時頃には式場に着くように行かれるようです」 「じゃあ結構余裕見て来るんだ」 「式場の支配人にも挨拶をするようですので」 「父さんの伝手だっけ」 「はい」  支配人と知り合いか。やっぱり、そうじゃないとねじ込めないよな。  まぁ、加賀美にもそういった伝手はあるけれど、当然、如月にもあった。いや、如月の方が多いだろう。 「明日もホテルからマンションまで送ってくれるのは谷口?」 「はい。私が送らせて頂きます」 「もう、家の方で忙しいだろ? タクシー乗るのに」 「おぼっちゃまの結婚のときくらいは送らせて下さい」 「まぁ、ありがとう。それに優斗を紹介できて良かった。今後、顔を合わせることもあるから。優斗、実家に帰るときも谷口が来てくれるから」  実家に帰るのにも送迎が来るのか。ほんとにすごい人と結婚するんだな。  その後も樹くんは谷口さんと色々話していて、僕はその会話を黙って聞いていた。  そして、車に乗って十分ほどで役所に着いた。そこで谷口さんには待ってて貰い、僕は樹くんと二人で婚姻届を提出しに行く。  窓口に婚姻届を出すと、おめでとうございます、と言われ、届けが受理された。これで僕は如月になった。

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