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番外編 春雷とクロ

ーーーーーーーーーーーー 説明:物語の裏側の、春雷とクロの様子です。 ーーーーーーーーーーーー  居候している家の裏山に入ってすぐの、何の変哲もない山道で春雷は立ち止まった。  周りを見渡して少し考える。 「たしか……クロ?と言っていたか?」  昨日山から連れて帰ってきた男がそう呼んでいたのを思い出した。 「……クロ! いるか?」  森の奥に向かって声をかけてみる。  先日山で拾った男が連れていたらしい、得体の知れない生き物に、春雷は「ここで待て」と言ってしまった。  言葉を理解しているのかはわからないが、その生き物は言われた通りそこで立ち止まり、家までついて来ることはなかった。  男いわく『相棒』らしい。  春雷は、その生き物を山の中で置き去りにしたのが心配になって様子を見に来たのだった。  しばらく沈黙して、やはり居なくなってしまったかと思った時、微かな物音がして一匹の黒い生き物が現れた。  少し離れた場所で立ち止まって春雷の方を伺っている。 「!!」  愛玩用に飼われている小型の犬とは似つかぬ風貌。  目が光っているかのような金色で、狼のような細い体、狩猟民族が従えているような犬に似ている。  自ら呼んだものの、どうしたら良いかわからず、しばらくお互い見つめ合った。  春雷の育った家には、腹違いの妹が二人いて犬を飼っていた。  誰にでも愛想を振りまく小さな犬だった。  春雷は前妻の子どもで家の中では立場が無く、家の者からは邪険に扱われていたのだが、その犬だけは無邪気に擦り寄ってくるので、たまに隠れて撫でていた。 「クロ、ご主人様は無事だからもう少し待っていろよ」  報告だけして、その日は戻った。  ・ ・ ・  数日に一度クロの様子を見に来ていた春雷は、ある日、意を決してクロに手を差し出してみた。  しゃがんで名前を呼んでみる。 「クロ」  少し離れたところで春雷の様子を伺っていたクロは、耳をピクッと動かしてゆっくり春雷に近寄って来た。  頭を下げて春雷の手の匂いを嗅いでいる。 「よしよし……」  すっかり“犬“のつもりでクロの体に触れる。  クロの体は生き物の温かさが無かった。 「本当に妖魔なんだな」  クロは頭を撫でられてまんざらでもない様子で長い舌を出している。  春雷は近くに落ちていた木の棒を手に取ってクロに見せる。 「取って来れるか?」  木の枝を放ってみたが、クロは枝を目で追ってまた春雷の方を見た。  どうしたら良いかわからない様子で、猟犬のように訓練されているわけではないようだ。  春雷は木の枝が落ちた方を指さした。 「取ってきて」  クロは春雷の目を見て、何かに気づいたように振り返って、木の枝を咥えて戻ってきた。 「ははは、賢い賢い!」  繰り返し棒を投げては取って来て、一人と一匹はしばらく遊んだ。  ・ ・ ・  いよいよ清明が出て行く日の朝、山から降りてきて清明の隣にならんだクロは嬉しそうに尻尾を振っている。  頭には春雷の作った被り物を被せられている。  春雷はクロの背を撫でて言う。 「クロ、清明のことを頼んだぞ」  クロは春雷の目を見て、吠えない代わりに、荒い呼吸のような喉を空気が通るような音を出した。 「すっかり仲良くなったな」 「クロだけ置いていって欲しいくらいだが、お前の護衛の役目があるからな、残念だ。気をつけて帰れよ」 「ああ、また来る」 「怪我が悪化した時以外は来なくていいぞ!」  春雷にも老医師からも礼はいらないと言われているが、清明はまた来ると念押しして帰っていった。  春雷は、人の役に立たねばという使命感で清明を助け、そもそも身元のわからない人間を助けた時点で治療費を貰えるとは思っていない。  患者は元気になって医者のもとに戻って来ないのが、治療する身としては嬉しいと考えながら小さくなる後ろ姿を見送った。

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