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第一章 プロローグ
橘薫は、文明開化以前から続く超名門、政財界の頂点、橘財閥の御曹司である。その煌びやかな出自もさることながら、頭脳明晰で眉目秀麗、非の打ちどころがない完璧超人、それが橘薫という男であった。
そんな彼がなぜ、一般庶民ばかりが通うしがない公立高校へ入学してきたのか、早坂早人は甚だ疑問であった。
橘薫に対し、早坂早人は純粋な憧れを抱いていた。ある種の憧憬、ともすれば崇拝にも近い感情を抱いていた。
それは単純な好奇心だった。偶然が重なり、早坂早人は橘薫の居住地を突き止めた。意外なことに、橘薫はかなり庶民的なアパートに住んでいた。
生半可な庶民派ではない。お世辞にも住みよさそうとは思えない、経年劣化によりあちこち錆び付き穴の空いた、激安のおんぼろアパートに住んでいた。
まさか、憧れの橘薫が、こんな古ぼけたアパートを住まいとしているはずがない。早坂早人は思う。しかし、実際にこの目で見てしまったのだ。橘薫が、この家へ帰る瞬間を。
早坂早人は、意を決してインターホンを鳴らす。たとえ誰が出てこようと、それがおそらく橘薫の家族なのだ。
「開いてるぜ」
大人の男の声がした。早坂早人は、深呼吸して扉を開けた。
卓袱台だけがぽつんと置かれた、がらんとした六畳の和室に、大人の男が一人、眠る幼児を抱いて座っていた。
「……」
早坂は立ち竦んだ。これは一体どういうことだ? あの男が、薫の父親? あの幼児は、薫の弟? それにしては年齢差が妙だ。あの男は、高校生の息子がいる歳には見えない。
しかし、あの二人が薫の血縁者であることは確実といっていいだろう。何しろ、薫はこの家に帰っている。何度も何度も、早坂はそれを目撃している。部屋は間違えていないはずだ。
「……あっ」
表札を確認し、早坂は声を漏らした。ここは、橘の家ではない。
「突っ立ってないで、入ってこいよ」
男が言った。
「そのカッコ、薫の知り合いだろ?」
男らしい声なのに、妙な色気がある。声帯から色気が滲み出るような。
「適当に待ってろ。あいつももうすぐ帰ってくんだろ。ただし静かにな。真純が起きる」
「……お兄さんの子供ですか」
「ああ。正真正銘俺のガキだ」
「……お兄さんは、橘くんのお兄さん?」
男は試すような微笑を湛えて、首を傾けた。
「さぁな」
ぞっとするほど男前。惜しむらくは、口元に残る古い傷痕。それさえなければ、完璧に整った顔立ち。薫も整った顔をしているが、それとはまた種類の違う美しさだ。
薫は、輝くように美しい。玉のような美しさ。華やかで、麗しくすらある、匂い立つような美しさ。
対して、この男の顔立ちはどこか凶悪なところがある。危険な匂いを感じさせる。それでいて、目が離せないほど魅力的だ。
男は、隣の四畳半に敷いてあった布団に幼児を寝かせた。指をしゃぶり、すやすやと寝息を立てる男の子。よく見れば、男と似ている。特に、ペンキで塗り潰したような黒々とした頭髪が。
男は、飲み物の注がれたコップを二つ用意した。
「お気遣いなく……」
「ガキが遠慮すんなよ」
男が一気に飲み干すので、早坂も口をつけた。が、次の瞬間吐き出した。
「これっ、お酒じゃ……?!」
早坂が咽ると、男は楽しげに目を細めた。
「あ~、やっぱバレるか」
「あ、当たり前でっ……! あなた、何考えて……!?」
男はくつくつと笑う。存外白い歯並びが口の端に覗く。
男は早坂のコップを奪うと、豪快に呷った。立派な喉仏が力強く上下する。それを見て、早坂もまた喉を鳴らした。
「は……別にうめぇもんでもねぇけどな」
男は静かにコップを置いた。赤い舌が濡れた唇を拭う。それを見て、早坂は舌の上にじゅわりと唾液の溢れるのを感じた。
昨日食べたハンバーグの肉汁を思い出す。あんなものよりももっと旨いごちそうを、今目の前にしていると感じる。
「お前、薫を狙ってんのか?」
男はおもむろに口を開いた。
「……はっ?」
早坂が正直な反応を見せると、男は揶揄うように笑った。
「なんだ、ちげぇのか」
「ちがっ……違いますよ。僕はただ、普通に、橘くんと仲良くしたいと思って……」
「ふぅん」
男はにやにやしながら、早坂に詰め寄った。
「んじゃ、これは誤作動っつーわけか」
「っ!?」
そっと下腹部に触れられた。早坂のそこは、制服のスラックスを硬く押し上げていた。
「ちがっ、こ、これは……!」
「別に恥ずかしがることじゃねぇだろ。男なら当たり前の生理現象だ」
「っ、そ、そうですけど……!」
男は蠱惑的な笑みを湛えて早坂に詰め寄る。伸びきったスウェットの襟元に、鍛え上げられた肉体が覗いた。健康的な肌色に、早坂の目は釘付けになる。
「なんだ、満更でもねぇって感じだな」
「っ……」
「童貞か?」
「わ、悪いですか……」
「愛嬌あっていいじゃねぇか。あいつは最近慣れてきちまってつまらねぇからな」
男は、慣れた手付きで早坂のベルトを外す。ぶるん、と勢いよく飛び出した屹立を前に、男の目は僅かに喜色を帯びた。早坂はそれを見逃さなかった。
「お兄さん」
「肇」
「肇さんは、こういうこと、誰とでもするんですか」
「さぁな。知りたかったら、俺を満足させてみろよ」
艶めく舌が覗き、ぱくりと咥えられた。早坂は腰が抜けそうになる。童貞なのはもちろん、誰かに性器を触られたことなど、今の今まで一度もない。
「あ、の……」
「ん?」
「は、初めてなので……お手柔らかに……」
「はっ、なに甘っちょろいこと言ってんだ。高校生なんざヤリたい盛りだろ」
「うっ……!」
早坂は、床についた手をきつく握りしめた。そうしていなければ、理性ごと持っていかれそうだった。人間の口の中がこんなにも暖かく、柔らかく、気持ちのいいものだったなんて、初めて知った。
バキュームのように吸引されて、パンパンに張り詰めた玉が持ち上がる。そのまま精液まで吸い上げられそうだ。
「あの、あっ、まって……!」
「ん~?」
「もっ、もう出る、出ますからっ!」
早坂は涙まじりに訴えた。男の黒髪を掴んで、力任せに引き剥がそうとする。しかし、男はそれを見越したように微笑んで、一層強く吸い付いた。
「うぁ゛……!?」
「だせよ」
ぐり、と鈴口をほじくられれば、もう限界だった。早坂はガクガクと痙攣し、男の喉奥に精を放った。数日ぶりの射精だった。
「はぁ……♡ くっせぇなぁ。ちゃんと抜いてんのか?」
「す、すいませ……」
男は早坂の放った白濁を飲み干し、恍惚とした表情を浮かべた。唇に飛んだ白濁をぺろりと舐め取る、その仕草の悩ましさといったらない。
「肇さん……!」
早坂は男を押し倒した。しなやかな筋肉に覆われた男らしい躰だが、押せばあっさりと倒れた。男は床に仰向けになり、見下すような視線を寄越した。
「焦んなよ、童貞くん」
「あ、の、僕……」
「抱きてぇか?」
「……」
早坂はぎこちなく頷いた。男は満足げに笑った。
下半身だけを脱ぎ、足を広げて横たわる男の上に、早坂は覆い被さった。
「い、いいんですか? ほんとに……」
「ああ。ちょうど準備も済ませてあったしな」
「でも、あの、ゴムとか……」
「いらねぇいらねぇ。生でして腹下したことなんざ一度もねぇし」
「じゃ、じゃあ……」
「ただし、できるだけ静かにな。真純が起きちまう」
男は指先で早坂の唇にそっと触れ、隣の部屋を一瞥した。襖の向こうでは、小さな子供が眠っている。この、男を咥えて悦ぶ男の、実の息子が。
途轍もなく奇妙な状況だ。早坂は思った。高校生の自分が、子持ちの男に欲情しているという事実。一児の父だなんて信じられないほど官能的な、目の前の男。
「じゃ、じゃあ、挿れます」
刺激が強すぎて直視できない。男が手を添えてくれてようやく、蜜を垂らす花弁に照準を合わせることができた。
「っ……!」
僅かに切っ先が触れた。それだけでもう堪らない。誘うように収縮して、吸い付いてくる。まるでキスされているみたいだ。
「ほら、どうした? 遠慮しないでぶち込めよ」
男は、早坂の腰に足を巻き付けて抱き寄せた。まるで泥濘にハマるように、奥までずっぽりと埋まってしまった。
「あっ♡」
「う゛っ……」
あまりにも強烈な快感が早坂を襲う。これが本当に男の尻か。
腹部を覆う筋肉のおかげか、内側までキリッと引き締まって、今にも搾り取られそうだ。それでいて灼けるように熱く、どろどろの愛液で満たされており、蕩けてしまいそうに柔らかい。女の膣の微睡みさえ知らない体にとっては、ほとんど毒に近い刺激だ。
「っ、もう、無理ですぅ……!」
「はっ? おい、ナカには――」
男の制止を振り切って、早坂は蜜壺の奥に精を放った。二度目の射精だというのに、勢いはむしろ増している。
セックスがこんなにも気持ちいいものだなんて、想像もしていなかった。この雄々しい男を雌に堕とした自分こそが真の男なのだと、奇妙な自尊心が腹の底から込み上げた。
「肇さん……!」
これはもう自分のものだ。早坂は肇に口づけをしようとした。その時である。
「何やってんの?」
血も凍り付くような冷たい声が早坂を刺した。喉元に白刃を突き付けられるような戦慄を覚え、早坂は身震いした。
「おう。遅かったな」
この地獄のような状況を物ともせず、肇は呑気に薫を迎えた。薫の鋭い舌打ちが響く。
「何やってんだって聞いてんだよ。このクソビッチ」
「見りゃ分かんだろ? ご聡明な薫ちゃん。てめぇのお友達と遊んでやってたんだよ」
薫が早坂を睨む。早坂は体の震えを抑えるのに必死だった。自然と萎えた一物は、肇の中から抜け落ちていた。
「知らねぇよ、こんなやつ」
薫は、早坂の襟首を掴んで肇から引き離した。縁が腫れぼったくなった小ぶりな穴から、白濁液が溢れ出た。薫は忌々しげに眉を顰める。
「中出しまでさせやがって」
「しゃーねぇだろ。挿れただけでイッたんだ」
薫は、殺気立った険しい目で早坂を睨み付けた。早坂とて、もうあと一秒だってこの場にいたくはない。どちらに転んでも針の筵だ。急いで着衣を直し、カバンを手に取った。
「おい、遊んだ分の金は置いてけよ」
ふてぶてしくも、肇が告げた。
「……お金取るんですか」
「当たり前だろ。俺の体は売りモンなんだよ」
「……」
そんなの聞いていない。押し売りみたいなものじゃないか。と早坂は思ったが、一刻も早くこの地獄の空気から抜け出したかった。
「いくらですか」
「一万でいいぜ。初回サービス」
「……」
払えなくはない。詐欺師にしては良心的な価格かもしれない。早坂は、財布から一万円札を抜き取って卓袱台の上へ置き、そそくさと部屋を後にした。
「……ねぇ、マジで何なの」
静まり返った室内に、怒りを滲ませた薫の声が這う。
「あぁ? 何がだよ」
対する肇の声は気怠げだ。
「お前、自分が誰のものか分かってる?」
「そういう言い方はよくないぜ、薫坊ちゃん。俺は俺だ」
「違う。お前は僕のものだ」
白濁を零す泥濘に、薫は自身を沈めた。肇は官能の声を漏らし、身を捩る。
「ンっ……あんまり目くじら立てんなよ。今更だろ、こんなこと」
「そういう問題じゃない。お前は僕のものだって、この体に言い聞かせてやるから覚悟しとけ」
「ふは。んなこと、ガキにできんのか?」
二人の影が一つに溶ける。手足を絡め、唇を重ね、呼吸を合わせて唾液を交換する。
「にしても、お前、転校した方がいいんじゃねぇか」
「そうかもね。肇に悪い虫がつくし」
「ちげぇよ。あいつ、お前のストーカーだろ。おい、いつまで盗み聞きする気だ」
肇は早坂に呼びかけた。全てお見通しというわけである。ドアの外でじっと息を潜めていた早坂は、全速力で階段を駆け下りた。
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