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2話・思い立ったら吉日
一目惚れした相手はすぐに判明した。
彼の外見な特徴を伝えたところ、偶然にも千代田が知っている人物だったのだ。世間は狭い。とは言っても直接喋ったことはないらしい。同じゼミの先輩から聞いたことがある、程度の話だ。
「おまえの想い人の名前は扇原 伊咲 先輩。文学部の三年だとよ」
「ワァ……名前まで綺麗……」
「感動する前にまずオレに礼を言えよ!」
怒る千代田を無視し、どうすれば伊咲センパイとお近付きになれるかを思案する。学部も学年も違うし、そもそも大学構内は広い。偶然を待つだけでは最悪彼が卒業するまで巡り会えない可能性もある。
スマホで構内マップを開き、学部棟や先日見かけた中庭の位置を確認する。てっきりあの辺りに文学部棟や所属するサークルがあるのかと思いきや、どちらも違っていた。建物に囲まれた誰も寄りつかない場所。なぜ彼はあそこにいたのだろう。
ほとんど花びらが散って葉っぱばかりになっていた桜の樹を眺める姿が脳裏に蘇る。
儚げで、綺麗で、泣いてるみたいに見えた。
「悩むより即行動ッ!」
「おい獅堂。メシ食いに行く約束だろ」
「悪い、また今度埋め合わせする!」
居ても立っても居られず飛び出す俺の背中に千代田の怒りの声が突き刺さった。なんだかんだ言いながらドタキャンを許してくれる千代田は懐が深い男なのである。
講義を放り出して向かう先は彼を見かけたあの中庭だった。ここはメインの道から外れている上に建物に三方を囲まれていて、滅多に人が来ない。俺も迷子にならなければ足を踏み入れることもなかっただろう。
不思議なことに、あそこに行けば会える気がした。
「やっぱり居た」
息を切らせて中庭に到着すると、予想通り彼の姿があった。中庭の端にあるベンチに腰掛け、ぼんやりと景色を眺めている。呼吸が整うのを待ってから、俺は彼のいるほうへと歩み寄った。
「あのっ、伊咲センパイ!」
「えっ」
急に名前を呼ばれて驚いたのか、遠くを見ていた彼の視線が俺へと向けられた。銀縁眼鏡の奥の瞳が何度か瞬き、俺の姿を映す。
「君、だれ?」
驚きに見開かれた瞳は次に訝しげに細められた。当たり前だ。伊咲センパイにとって俺はいきなり声を掛けてきた不審者だ。面識もない相手に名前を知られていたら怪しいと思われても仕方ない。
でも、同じ大学という共通点しかないのだ。こっちから距離を詰めなければ一生仲良くなんかなれない。
意を決し、口を開く。
「好きです、お付き合いしてくださいッ!」
素直な気持ちをそのまま伝えたのだが、やはり唐突過ぎたようだ。伊咲センパイはベンチから立って後ずさった。追うように一歩踏み出すと、彼も一歩退がる。
「なんで逃げるんすか」
「いや、逃げるだろう」
じりじりと距離を詰めながら、格闘技で間合いを取ってるみたいだなと思ってるうちに走って逃げられた。地の利は伊咲センパイにある。結局ファーストコンタクトはこんな感じで終わった。
後で千代田に報告したら、呼吸困難に陥るくらい笑われた。約束を反故にされた怒りが吹っ飛んで何よりだが、傷心の友人に対して酷いとは思わないのか。
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