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4話・提示された条件
「伊咲センパイ好き。付き合って」
千代田から噂を聞いた後も、俺は毎日中庭に足を運んで口説き続けることをやめなかった。
すると、伊咲センパイの態度が少しずつ軟化していった。「本気?」とか「なんで?」とか、俺の気持ちを確認しようとする。その度に言葉を尽くして想いを伝えていたら、ある日いつもと違う反応が返ってきた。
「いいよ、付き合っても」
「え、マジすか」
ポカンとしていると、彼は綺麗な顔をやや赤く染めて俺を見上げてきた。至近距離で視線が交わり、胸が高鳴る。
「嫌ならこの話はもう終わり」
「いっ、嫌なわけないっす!」
つい喜ぶより驚きの気持ちのほうが先に出てしまった。半年間も軽くあしらわれ続けていたから、まさか良い返事がもらえるとは思わなかった。
「俺のこと好きになってくれたってこと?」
「……毎日毎日好き好き言われて洗脳された」
不本意そうな態度を隠しもせずボヤいている。
半年間粘り続けた甲斐があったようだ。『継続は力なり』とは住岡 夜晃 の詩の一節だったか。ありがとう、たった今意味を理解しました。
「ただし」
ところが、OK→交際開始とはいかないらしい。伊咲センパイは綺麗な細い指先を俺の眼前に突き付け、険しい顔でこう宣言した。
「交際はセックスを試してからにしよう」と。
「えっ、なんで?」
意味が分からず、思わず素で聞き返してしまった。それくらい突拍子のない提案だったからだ。この人の口から『セックス』なんて単語が出てくるなんて。
ちらりと、先日千代田から聞いた噂話が脳裏を過 る。まさか、いや違う。伊咲センパイは噂のようなビッチなんかじゃない、たぶん。
「えー……っと、いちおー確認なんすけど、過去に付き合った人とも『お試しセックス』したんすか?」
「こんな提案をしたのは君が初めてだ」
「なんで俺だけ試すような真似するんすか!」
恋人に昇格するための通過儀礼じゃないのか。
まさか、下手だったら振られる?
ちんこのサイズや相性で合否決まるの?
ていうか、こんな提案するってことは、伊咲センパイは経験あるのか。二つも年上なのだ。俺と出会う前に誰かと付き合っていたっておかしくない。こんなに綺麗な人なんだから周りが放っておくはずがない。なんか悔しい。妬けてきた。
モヤモヤ悩む俺を無視し、伊咲センパイはサッサと予定を立てていく。
「決行は一週間後。それまで中庭 に来ないで」
「え、来週?」
「分かったら返事!」
「は、ハイッ!」
「よろしい」
まるで突撃部隊の作戦指令を出すかのような険しい表情で日程を告げられ、慌てて了承する。俺の返事を聞いた伊咲センパイは満足そうに大きく頷いてから、ベンチから立ち上がった。
「では、一週間後に。さよなら獅堂くん」
「は、はい。さよなら……」
茫然とする俺を置き去りにして、伊咲センパイは颯爽と去っていった。
せっかく両想いになったのに、イチャイチャどころかキスもしてないってのに、いきなりセックスかぁ~。いや、まあ、したくない訳じゃない。むしろ積極的にしたいけどさ。結果次第で恋人になれるかどうかっていうのが腑に落ちない。
ていうか、一週間後?
一週間後にセックスすんの?
こうしちゃいられねえ。伊咲センパイに振られないようにしっかり予習しとかねーと。なんたって男とセックスすんのは初めてだ。先延ばしにされたとはいえ、ようやく想いが通じたのだ。嬉しくないはずがない。
それなのに、俺の心は複雑だった。
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