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42話・愛する覚悟
小洒落たレストランの個室でクリスマスディナーを楽しんだ後、指輪をプレゼントした俺は更なる要求を伊咲センパイに伝えた。
「そろそろ一緒に住みませんか」
「え!?」
雰囲気に流されて頷いてくれるかなと期待していたが、そうは問屋が卸さなかった。
「引っ越しはするんだからそれでいいでしょ。物件だって探してるし」
「伊咲センパイを一人にしたくないんすよ。いや、俺が一緒にいたいだけっていうか」
同棲の話になると毎回断られてしまうので、事あるごとに話題に上げて説得している真っ最中である。ちなみに、昨日も一昨日もこの話をした。物件の下見にも同行している。
「なんでダメなんすか。一緒に住んだほうが家賃浮くし、互いの家に行き来する手間が無くなるんすよ?」
「だ、だって」
同棲のメリットを訴えながら問えば、伊咲センパイは困ったように眉を下げた。
「一緒に住むとなったらご家族に挨拶しなきゃダメでしょ? 僕、どう思われるか怖くて……」
ここにきて、彼の自己肯定感の低さが再び表に出始めた。恋人の俺に愛されることには慣れてきたと思う。
しかし、俺以外の人に対しては別だ。自分がどう見られているか、失望されないか、彼は必要以上に気にしてしまう。
なので、まず懸念を取っ払うことにした。
俺はスマホで電話をかけ、「連れてきて」とだけ伝えてすぐに切った。伊咲センパイが戸惑っている間に個室の扉がノックされる。
「来たぞ獅堂」
「すまんな千代田」
いきなり現れた千代田に驚く伊咲センパイ。
そして……
「この子が静雄の恋人?」
「可愛いだろ」
「そうね。一緒に写真撮っていい?」
「やめろ伊咲センパイが減る」
千代田の後ろから姿を見せた長身の女性は俺と軽口を交わした後、満面の笑みで歩み寄った。突然見知らぬ女性に近付かれ、伊咲センパイは困惑している。
「し、獅堂くん。この|女性《ひと》は……?」
「千代田の彼女で、俺の姉ちゃんっす」
「どうもー。愚弟がお世話になってまぁす♡」
「お、お姉さん!?」
俺の姉の乱入に伊咲センパイが目を丸くした。
「デート中に呼び出して悪いな」
「いいよ。個室隣だし」
そもそもこのレストランは千代田が教えてくれた店である。おすすめの店というのは本当で、実際コイツもクリスマスだからと個室を予約していたのだ。
姉は地元で就職して今も実家で暮らしている。生活能力が皆無のため一人暮らしができないというのが主な理由だ。千代田とは現在遠距離恋愛状態で、今日は久々のデートらしい。
「千代田くん、獅堂くんのお姉さんとお付き合いしてたんだね。全然知らなかった」
「実はそうなんですよ。昔から憧れてて、大学に上がるタイミングでやっと付き合ってもらえたんです」
俺と千代田は幼馴染み。当然姉とも交流があり、中学生くらいの頃からコイツの恋愛相談に乗ってやっていた。だからこそ俺も伊咲センパイとのことを話せたのだ。千代田が親身になって協力してくれたのは親友であり未来の義弟予定の俺のため。
千代田から姉には情報が筒抜けなので俺が伊咲センパイにベタ惚れなのは既に知られている。
「さぁて、うちの弟を射止めたのはどんな子なのかしらねぇ?」
登場時からにこやかだった姉が真顔で伊咲センパイに視線を向けた。俺ほどではないが、女性にしては背が高く、目付きも鋭い姉は身内から見てもなかなかに迫力がある。そんな姉から間近で見下ろされ、伊咲センパイは完全に萎縮してしまった。怯える様が小動物みたいで可愛らしい。安心させるために隣に立ち、肩を抱いて宥める。
「大丈夫っすか」
「う、うん。君のお姉さんだもん」
俺に笑ってみせた後、伊咲センパイは意を決したように姉に向き直った。
「扇原伊咲です。獅堂くんとは、その、真剣にお付き合いをさせていただいてます」
声は若干上擦っているが、しっかりとした口調で伊咲センパイは自己紹介をした。深々と頭を下げる彼に対し、姉は数秒沈黙した後にフフッと笑う。先ほどまでの張り詰めた空気が一気に霧散し、穏やかな雰囲気に戻った。
「こんな可愛い弟が欲しかったのよ。驚かせてごめんなさい。こちらこそよろしくね」
「お、お姉さん……!」
姉に笑顔で両手を握られ、伊咲センパイは顔を真っ赤にして照れている。
「っていうワケで、姉は歓迎してくれてます」
「ウチの両親も会いたいから早く連れて来いってうるさいのよ。次に帰省する時に一緒に顔を見せに来なさい。静雄、夏休みに帰らなかったでしょ」
「んじゃ正月にでも行くかな」
「え、えっ?」
急な展開に追い付けずに狼狽える伊咲センパイの手を姉から奪い返し、ぎゅっと握る。
「もちろん伊咲センパイが望むのなら、ですけど。ぶっちゃけ実家に帰るより伊咲センパイと二人きりでイチャイチャしていたいし」
「ちょっ、獅堂くん!」
俺の言葉に慌てふためく姿が可愛い。録画したい、と思っていたら姉がスマホのカメラを向けていた。親に見せるために動画でも撮っているのだろうか。後でデータを送ってもらおう。
姉と千代田が隣の個室に戻った後、俺たちの間にしばしの沈黙が流れた。いきなり身内に会わせたりして引かれたかもしれない。姉が怖くて話を合わせていただけだったらどうしよう、と今更焦る。
「すんません。勝手に話を進めちまって」
謝罪すると、伊咲センパイは俯いたまま静かに首を横に振った。顔が見たくて、椅子の傍らにしゃがみ込んで覗き込む。すると、彼の瞳からはまた涙がこぼれていた。
「伊咲センパイ……?」
彼の膝に手を置いて見上げる。どうしようかと迷う俺に、伊咲センパイは泣き笑いの表情を見せた。
「お姉さんから受け入れてもらえて嬉しい」
「めちゃくちゃ気に入られてましたね」
正直、気難しい姉が初対面であそこまで好意を向けてくるとは予想外だった。千代田を通して伊咲センパイのことを知っていたからか。いや、単に見た目が好みだったからかもしれない。
「でも、僕なんかが君の恋人でいいのかな」
「いいに決まってる。ていうか、もし反対されたとしても無視して伊咲センパイを選びますよ、俺は」
この言葉に嘘はない。
俺の一番は伊咲センパイで、周りからの評価や反応なんか関係ない。全部捨てても構わない、と軽々しく思えるのは俺がまあまあ恵まれた人生を歩んできたからだろう。
伊咲センパイがどれだけ欲しても与えられなかった父親からの愛情。父親の面影を求めて付き合った田賀にも酷い扱いをされ、トラウマになるくらい傷付いた。彼の自己肯定感は限りなく低い。
離婚して息子を守った伊咲センパイのお母さんや頼り頼られてきた詩音さんと共に、彼が自分に自信を持って愛情を受け取れるように支えていきたい。
難しい話を抜きにしても、ただ伊咲センパイのそばに居たい。結局のところ、俺は最初から自分の好きなように行動しているだけなのだ。
「……冬休み、君んちにご挨拶に行く」
「ホントっすか?」
「うん。だから、同棲の話は親御さんの許可を貰ってからね」
「やった、ありがとうございます!」
「ま、まだ許可が貰えると決まったわけじゃないよ。反対されたら絶対しないから!」
「大丈夫だと思いますけどね」
俺のスマホには姉から『お母さんたち迎える気満々だから絶対一緒に帰省しなさいよ!』と念を押すようなメッセージが届いていた。その画面を見せながら更に続ける。
「俺も伊咲センパイんちにご挨拶しに行きます」
「……わ、わかった」
事前に詩音さんから俺のことを聞いているとは思うが、直接俺の気持ちと覚悟を伝えて安心させたい。
「この調子で逃げ道ぜんぶ塞いでいきますんで、そろそろ観念してくださいね」
「ホントに君はしつこい後輩だよ」
「そんな俺だから好きになってくれたんでしょ?」
笑顔で問うと、伊咲センパイは頬を赤らめて「もう、ばか」と俺を小突いた。
なにこの反応。可愛い。優勝。
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