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最終話・愛される覚悟

「あなたが獅堂くんね。話は詩音(しおん)からも聞いているわ。すごく頼れる人だって」 「恐縮です。あ、コレうちの地元名産の佃煮とお菓子です。良かったらどうぞ」 「遠慮なくいただくわね、ありがとう」  扇原(おうはら)家に挨拶に行くと、伊咲センパイのお母さんと詩音さんのお母さんが出迎えてくれた。ふたりとも顔立ちが良く似ていて美人だ。伊咲センパイも詩音さんも母親似なんだな。  ひと通りの挨拶の後に本題を切り出すと、お母さんは快諾してくれた。大事な一人息子が男と交際するって言えば多少の反発があるものだと覚悟はしていたのだが、正直拍子抜けだ。 「伊咲には離婚前から苦労ばっかり掛けちゃって、ずうっと気掛かりだったのよ」  モラハラ夫に悩まされていた頃、幼い息子へのケアが十分出来なかったとお母さんは悔いている。幼少期に精神的な傷を負ったせいで父親に似た男・田賀に惹かれる要因を作ってしまったのだが、どこまでお母さんが知っているかは分からない。おそらく全ての事情を把握していた人物は詩音さんだけだろう。 「それにね」  少し寂しげだったお母さんの表情がパッと明るくなった。寄り添って座る俺と伊咲センパイの姿を見て口元を綻ばせる。 「伊咲がこんなに幸せそうなんだもの。私には反対する理由はないわ」 「えっ」  そう言われ、俺たちは顔を見合わせた。互いに照れて真っ赤になっている。その様子をずっと微笑ましそうに眺めていた詩音さんのお母さんがコロコロと笑い出した。 「うちの詩音も獅堂くんを気に入ってるのよ。たまにでいいから伊咲と一緒に立ち寄ってあげてね。ごはん作ってくれるならバイト代も出すわ。ていうか、作って食べさせてちょうだい!」  元々マネージャー的な感じで雑務や連絡係をしている伊咲センパイに加え、俺までメシ係として雇う気なのだろうか。詩音さんがどれくらい稼いでいるかは知らないが、随分と景気が良い話だ。そういえば、詩音さんのマンションは実家の所有物件だとか言っていたような。 「あの子、もうすぐ三十近いってのに全然運動しないし偏食だし、正直健康面が不安なのよ。獅堂くんお願い。助けると思って!」  両手を合わせて拝むように頼まれては嫌とは言えない。それに、詩音さんが書く作品は好きだから、元気に長く執筆活動をしてもらいたい。 「わかりました。俺でいいなら」  頷くと、詩音さんのお母さんが「よし!」と小さくガッツポーズした。そして、懐からスマホを取り出す。画面には『詩音』と表示されていた。 『わーい、獅堂くんこれからよろしくね♡』 「し、詩音さん?」  どうやら彼は事前に母親に話を通し、俺の説得を頼んでいたらしい。伊咲センパイのお母さんに交際の報告と同棲の許可をもらいに来たタイミングならば断られないだろうと見越して。 「詩音っ! 僕の獅堂くんを横取りするなって言っただろ! なに勝手なお願いしてるんだよ」 『横取りなんて人聞き悪いな〜。ボクはただ美味しいゴハンが食べたいだけだよぉ』 「もう! ばか!」  電話越しに喧嘩する伊咲センパイも可愛い。こんな風に少し口が悪い様子は詩音さんとの絡み以外では見られないので、俺としては大歓迎だ。  キャンキャン言い争う伊咲センパイと詩音さんのやり取りを、俺と伊咲センパイのお母さん、詩音さんのお母さんの三人で微笑ましく見守った。 「ついに親公認っすね!」 「まさか誰にも反対されないとは思わなかったよ……。僕だって少しは考えてたんだよ、君のご両親をどう説得しようかって」  俺の実家では両親が揃って大歓迎し、逆に伊咲センパイは終始困惑していた。最終的に仲良くなり、両親や姉と連絡先を交換していた。だから、なんでみんなすぐ連絡先をゲットできるんだ。俺は半年かかったのに! 「じゃあもう遠慮は要らないっすね」 「えっ!?」  驚く彼に、にんまりと笑ってみせる。 「君まだなにか遠慮してたの?」 「ええ。ずーっと我慢してました」 「な、なにを?」  戸惑う伊咲センパイの手を取り、指輪を撫でる。クリスマスに俺が贈った指輪だ。あれから肌身離さずつけてくれている。 「何年経っても一緒にいて。……伊咲さん」 「あ……」  彼が起きている時に『センパイ』と言う敬称を外して呼んだことはない。俺から初めてそう呼ばれた伊咲センパイは幸せそうな笑顔で抱きついてきた。 「こちらこそ、よろしく。静雄くん」 「ン゙ン゙ッ゙!!」  萌え過ぎて変な声でた。  名前呼び最高。  ぐっと親しくなった感じがする。  俺たちが一緒に暮らし始めるまでにさほど時間は掛からなかった。これからは季節の行事も誕生日も共に過ごせる。おはようからおやすみまで生活を共有できる。  お試しセックスから始まった交際は、この先もずっと続いていく。 『お付き合いはお試しセックスの後で。』完

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