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本編

 飲み会で酔い潰れたらお持ち帰りされた。 「キタセさん、オレずっと貴方のことが……」 「まっ、待て、落ち着け! 話せば分かる!」 「でもキタセさんのここ、もうこんなですよ」 「それはおまえが触ってるからだろーがッ!」  初対面で泥酔した俺が悪い。全面的に非は認める。でも、だからって、なんでアラサーの俺が年下の男に押し倒されなきゃならないんだ???  ***  話は数日前に遡る。  趣味で細々と一次創作を続けてもうすぐ十年。賞や公募にかすりもせず、ただひたすら書くだけの日々を送るパッとしないWEB小説家。それが俺。PNキタセ。  昼間は会社で働き、夜はパソコンに向かって物語を打ち込み、投稿サイトにアップして、馴染みの作家仲間に読んでもらう。それが一番楽しい時間。  ……いや、ここ数年で固定の読者が出来た。  少しでも宣伝になればと始めたSNSで、毎回欠かさず反応をくれる子がいる。それがHNサクラちゃん。綺麗な桜の写真のアイコンで、言葉使いは丁寧。嬉しいことに俺のファンだと公言し、作品に対する感想をアップしてくれたりする。彼女のおかげで創作出来ていると言っても過言ではない。  そんな彼女を好きにならないわけがない!  でも俺はこの通り、金にもならない趣味だけを楽しみに生きるアラサー会社員。プライベートなことまで突っ込んで話せるようなコミュニケーション能力はない。だから、自分からアクションを起こせずにいた。  ていうか、彼女が好きなのは作品であって俺じゃない。そこんところは勘違いしたらダメだ。 『二十歳の誕生日♡ やっとお酒が飲めます』  そんな時にサクラちゃんのSNSにこんな投稿があった。居酒屋らしき場所でお酒のグラスが映った写真が一緒にアップされている。  サクラちゃん、二十歳か。  若ぇ〜〜!(苦笑い  差し障りのない誕生祝いコメントを書き込みながら、ふと気付く。写真に映っている店のテーブルやメニュー表、どこかで見たことあるな、と。  ああ、最寄り駅近くにある居酒屋だ。安いからたまに行くんだよな。サクラちゃんもこの辺りに住んでたんだ。何年もSNSでやり取りしてたのに全然知らなかった。  そこで、ほんの少し魔がさした。  お祝いコメントに『今度飲みに行く?』と一文足して送信してしまったのだ。普段の俺なら絶対書かないような誘いの言葉。すぐに正気に戻って削除しようとしたが、先にサクラちゃんから返信が来た。 『わあ、嬉しいです! ぜひ!(≧∀≦)』  サクラちゃん優しい〜。おじさんの痛いコメントにも笑顔で返してくれてる〜。嫌がられなくてよかったけど、これは社交辞令だから真に受けてはいけない。誘っておいてアレだが、辞退しなくては。俺は良識ある大人なんだから。  でも、すぐにダイレクトメールが届いた。 『金曜と土曜の夜ならいつでも空いてます! キタセさんとは一度お話してみたかったので、良かったらふたりでお会いしませんか?』  嘘だろ。本当にいいの?  てか、ふたりきり???  えっ、いいの?(二回目  震える手で来週の金曜の夜を指定し、待ち合わせ場所を決めた。場所はやはり写真にあったあの居酒屋になった。  そして運命の金曜日。  俺は会社帰りのスーツ姿で居酒屋に入り、予約名を告げて個室へと通された。予約時間より早く着いちゃったから、まだサクラちゃんは来ていないようだった。お冷やを飲みながら、これから来るであろうサクラちゃんに想いを馳せる。  彼女のSNSでの投稿内容はお洒落なカフェのスイーツの写真が多い。あとは読んだ本の感想とか。小説以外に少女漫画を結構読んでいる。もう絶対可愛い子でしょ。大人しめの清楚な女の子が来るに違いない。  サクラちゃんは俺のファンだし、今日のサシオフをキッカケに恋が始まっちゃったらどうしよう、と期待に胸を膨らませていたのだが…… 「ども、サクラです。キタセさんですよね?」  現れたのは、金髪のチャラそうな男子大学生だった。びっくりするほど整った顔をしており、背もスラリと高い。 「サクラちゃ……ん?」 「はいっ、サクラです」  人違いではなかった。  居酒屋の狭い個室で向かい合って座り、飲み物と料理を注文する。緊張はするが俺の方が年上だ。ここはまず俺が会話を盛り上げなくては。……とは思うものの、サクラちゃんの正体が男だったことに混乱してうまく言葉が出てこない。  そんな俺を見て、彼は笑顔で学生証を見せてきた。 「紛らわしい名前ですいません。でもコレ本名なんですよ〜」  学生証には『恵住 朔良 (えすみ・さくら)』と表記されていた。初対面のおじさんに個人情報を晒していいのか。てか良い大学通ってんなあ。見た目チャラそうとか思ってごめん。 「こんな名前だから女だと勘違いされやすいんですよね。SNSにもよくナンパ目的のダイレクトメールが来ます」 「そ、そうなんだ、大変だね」  かくいう俺も性別を勘違いしていた内の一人だし、なんなら今日も若干の下心があった。急に申し訳なくなってくる。 「えーと、あの、いつも感想ありがとうね」  大学生と盛り上がれる話題なんか分かるはずもなく、とりあえず日頃の感謝を伝えてみた。  すると…… 「いえっ、とんでもないです! こっちこそ、いつも読ませていただいてありがとうございます! オレ、ずっとキタセさんのこと好きだったから会えたの嬉しくて」 「う、うん」 「先日アップされた短編、すっごく好きで! あの世界観でもっと色んな話が見てみたいって思ってて! 続きを書く予定とかってありますか?」  見た目はチャラいけど、彼の言葉使いやテンションはSNSと全く同じだった。危惧していた身代わりとか成りすましとか冷やかしとかではなくて、そこだけは安心した。  その後も堰を切ったように過去作に対する熱い思いを語られ、本当に俺の作品が好きなんだっていうのが伝わってきた。  投稿サイトに公開しても、流行りのジャンルではない俺の小説は閲覧数もブクマ数も伸びない。感想を貰えるなんて滅多にない。たまにWEB作家仲間が義理で読んでくれるだけ。  そんな中で、サクラちゃんだけは毎回感想を書いてくれて、SNSで紹介もしてくれて。それだけで『また書こう』って気持ちになれた。  こんな風に直接顔を合わせて作品について語られる日が来るなんて思わなかった。思い描いていたような可愛い女の子じゃなかったけど、そんな些細なことがどうでもよくなるくらい嬉しかった。  ──だから、飲み過ぎてしまった。 「キタセさん、大丈夫ですか」 「ん〜だいじょぶだいじょふ」 「こんなんで帰れます?」 「へいきへいき〜」  浮かれて深酒して千鳥足になってる俺の体を支えながら、サクラちゃんは困っているようだった。ごめんな、年上なのにこんなだらしなくて。 「その辺のベンチで酔い冷ましてから帰るから、サクラちゃんは先に帰っていいよ〜」 「こんな繁華街の道端になんか置いていけませんよ。オレのアパート近いんで、良かったら寄ってってください」  そんなワケで、サクラちゃんの家にお邪魔することになった。  アパートに着くまで、彼はずっと肩を貸してくれた。細身に見えるけど意外とがっしりしてるし腕力もある。イケメンだし気遣いも出来るし、これはモテるんだろうな。酔いの回ったアタマでそう思いながら、すぐそばにあるサクラちゃんの横顔を眺めた。  金髪だから最初はビビったけど、受け答えは丁寧だし、見た目ほどチャラくない。今もこうして酔っ払っただらしない大人の世話をしてくれている。見た目だけで判断してごめんな、そう反省した。  それなのに、なぜ俺は押し倒されてるんだ? 「ごめんなさいごめんなさいキタセさん。キタセさんとふたりきりなんだと思ったらガマン出来なくて」  硬く冷たい床に転がされた時点で俺の酔いは完全に醒めた。アパートに入るなり、電気を点ける前にいきなり抱き着かれたのだ。薄暗い室内に響くのはサクラちゃんの荒い息遣いのみ。 「一旦落ち着こう、ね?」 「だって、憧れのキタセさんがオレの部屋に……こんなの耐えるなんて無理」 「サクラちゃん、酔ってるよね!?」 「酔ってません!!」 「酔っ払いはみんなそう言うんだよ!」  俺もさっきそんな感じだったからな。  とにかく離れようと足掻くが、サクラちゃんの腕の力が強過ぎてビクともしない。体格差はそんなにないはずなのに、鍛え方が違うのか、はたまた年の差が出たか。  無理やり体を離すことは諦め、別の路線から攻めることにした。 「あ、あのさ、居酒屋じゃあんまり突っ込んだ話出来なかったから、ちょっと話そうか。ホラ、次の新作の話とか」 「聞きたいですッ!」  予想通り、新作の話をチラつかせたら食い付いた。バッと身体を離し、俺に手を貸して起こしてくれた。そして、奥にある部屋へと通される。  チャラい見た目とは違い、部屋は落ち着いた印象だった。小さなローテーブルの上にはノートパソコン。壁際には本棚とベッドしかない。  場所を移したというのに、彼は俺から離れなかった。てっきりローテーブルを囲んで座るのかと思ったが、押し倒される場所がベッドの上になっただけだった。 「キタセさん、オレずっと貴方のことが……」 「まっ、待て、落ち着け! 話せば分かる!」 「でもキタセさんのここ、もうこんなですよ」 「それはおまえが触ってるからだろーがッ!」  サクラちゃんの左手は俺の両手を頭の上で固定し、右手は下の方を弄っている。スラックスの上から股間を撫でられて身を捩ると、脚の間に膝を入れて閉じられないようにされた。 「おまえ、いい加減に……あっ、ん」  ゆるく勃ち上がったものを下からゆっくりと撫でられ、思わず声を上げてしまう。すると、サクラちゃんの手の動きが止まった。男の喘ぎ声を聞いて正気に戻ったのかもしれない。  しかし。 「可愛い……!」 「は???」 「なにその可愛い反応」  俺が反応したことに感動したのか、サクラちゃんは更にヒートアップしてしまった。ベルトを外し、ファスナーを下ろされる。散々触られたおかげで下着がやや濡れてシミが出来ていた。そんな状態を他人に見られたのは初めてで、俺は羞恥で涙目になった。 「こっ、これ以上はホントにマズいから!」 「放っておいても辛いだけでしょ?だったら出しちゃいましょうよ」 「いやいやいや、人前でそんなの無理!!」  逃げたくても体の自由は完全に奪われている。そうこうしているうちにサクラちゃんの手が下着の中に入ってきた。先走りで濡れた先端に指先が触れただけで腰が跳ねてしまう。その反応を見て、サクラちゃんがまた暴走した。 「キタセさん、敏感なんですね」 「あ、やだ触るな」 「オレの手、気持ちいい?」 「気持ちよく、ないっ」  嘘だ。めちゃくちゃ気持ちいい。自分でするのと全然違う。他人の、しかも男の節くれだった手指で触られるのがこんなに気持ちいいなんて初めて知った。お互い酔っているせいか体温が高い。熱が手のひらから直に伝わり、身体の芯が痺れるような感覚に襲われる。 「あ、あっ、ダメだって、……ッ!」  先走りを纏わせた指で上下に擦られ、呆気ないほど早く昇りつめてしまう。  そういえば、最近忙しくて全然抜いてなかった。サクラちゃんとの時間を確実に確保出来るよう、今週はずっと残業して仕事を前倒しで片付けてきたせいだ。 「やだ、もう出るから……離せ!」 「このまま手のひらで受け止めますから」 「それが嫌なん……アッ、んん……!!」  びくんと身体が揺れ、俺の身体に燻っていた熱が解放された。宣言通り、出したものは全てサクラちゃんの大きな手のひらが受け止めている。  荒い息を整えながら、急に意識が現実に引き戻された。賢者タイム到来。  なぜ俺は初対面の大学生に手コキされてるんだ。そもそも、サクラちゃんは何が楽しくてこんなことをしているんだ? 「……サクラちゃんて男が好きな人?」 「いえ、全く」  じゃあこの状況はなんだ。男が好きだっていうならまだ理解出来た。でも、違うっていうなら一体なんなんだ。 「もしかして、俺の弱みを握ろうとしてる?」 「は?」  冷たい目で見下ろされてしまった。  それもそうか。うだつの上がらないアラサー会社員でド底辺WEB小説家なんかの弱みを握っても何の利用価値もないもんな。 「まだオレの気持ち分かんないんですか」 「そんなの、分かるわけが……」 「じゃあ分かるまで身体に教え込みます」  なにそのエロ漫画みたいなセリフ。君は少女漫画が好きなはずだよね。ああ、最近はティーン向けでも結構エロいんだっけ。おじさんが見たら逆に引いちゃうかもしんないな。 「ひぁっ、」  サクラちゃんは俺の精液にまみれた手で再び股間を弄り始めた。粘りのある液体のせいで、さっきより擦られた時の快感が強い。ぬちゃぬちゃと響く水音が淫靡で、耳から犯されているように感じた。 「まっ、待って。イッたばっかだから、あ」  萎えていたはずなのに、少し触られただけで再び硬くなっていく。今度は手加減なんかされていない。一度達して敏感になったそこを強く握られ、先端をぐりぐりと弄られ、すぐに限界を迎えてしまう。 「や、だめ、また出る……ッ」  快楽に耐えるため、目の前にあった肩に必死にしがみつく。またサクラちゃんの手に出してしまった。 「キタセさん」 「え、」  名前を呼ばれて顔を上げると、間近にサクラちゃんの顔があった。熱っぽい視線が真っ直ぐ俺を捉えていて、思わずドキッとした。  男が好きなわけじゃないって言っていた癖に、なんでそんな目で俺を見るんだよ。本当におまえは俺をどうしたいんだよ。 「うっ……」  なんだか悲しくなって、堪え切れなくなった涙が目尻から零れ落ちた。突然泣き出した俺に驚いたサクラちゃんが、慌てて俺の両手を拘束していた左手を解いた。自由になった手で顔を覆い隠す。 「きっキタセさん、泣い……」 「うるさい!泣いてない!!」 「でも、」  声を掛けられたら余計に涙が溢れてきた。  サクラちゃん本人に会えて楽しかった。  俺の作品を好きだと言ってくれた。  感想を熱く語ってくれた。  作家冥利に尽きるとまで思った。  書いてて良かったって本気で思えた。  それなのに、なんでこんなことするんだよ。 「お、俺っ……嬉しかったのに」  女の子じゃなくてガッカリしたのは事実だけど、ファンと直接会ったのは初めてだったから純粋に嬉しかった。だから羽目を外して飲み過ぎてこんなことになっちゃってるんだよな。  ……ああ、悪いのはやっぱり俺か。 「帰る」 「ちょ、待って!」 「もうやだ。離せ」 「離しません」  手を振り払ってベッドから降りる。そのまま扉に向かおうとしたら再び腕を掴まれ、壁際の本棚に背中をつけるようにして押さえ込まれた。 「無理やり触ったのは謝ります。でも」 「うるさい!」  腕を振り解こうとしたら、棚に手が当たって本が何冊か床に落ちた。その中に見慣れた表紙の薄い本を見つけ、思わず目が釘付けとなる。 「これ、まさか」  それは、俺が十年前に初めて出した小説の個人誌だった。数十部しか刷っていない、通販もしていないものだ。こんな昔の作品を持ってるのは自分以外にいないと思っていた。 「……実は今日が初対面じゃないんです」  床に落ちた本を大事そうに拾い上げ、サクラちゃんは寂しそうな笑みを浮かべた。 「十年前に、一次創作の文芸イベントでこの本を買う時に初めて会ったんです」  十年前って、サクラちゃん十歳じゃん。そういや親子連れのお客さんが本を買ってくれたことがあったな、と思い出す。あの時の少年がサクラちゃん? 「母が文芸イベントが好きで、たまたま付いていったんです。その時に、この本の表紙に一目惚れしてお小遣いで買いました」  表紙に使われているのは俺が撮った風景写真を加工したもの。田舎の桜並木。裏表紙は桜の花の枝を近くから写したもの。  そういえば、この写真って…… 「オレのアイコンはこの裏表紙の桜の一部です」 「えっ、マジで?」  あまりの衝撃に、さっきまでの怒りや悲しい気持ちがどっかに吹き飛んでしまった。  毎日SNSで見ていたのに、サクラちゃんのアイコンが俺の同人誌の表紙から取った画像だとは気付かなかった。それくらい昔の作品だったからだ。 「当時は表紙に惹かれただけで内容は全然理解出来なかったんですが、成長するにつれてだんだん分かってきました。高校の時に読み返してようやく意味が分かって、すごく泣きました。作者の人にこの気持ちを伝えたいと思い立ってネットでPNを検索したらキタセさんを見つけました」  俺のPNは当時から変わっていない。  本名をもじっただけ。 「小説投稿サイトにいっぱい作品が公開されてて、SNSやってるのも見つけて、すぐにアカウント作ってフォローしました。でも、いきなり何年も前の作品の話を始めたら驚かれるかと思って、徐々に交流していったんです」  そうだったのか。  そんな風に追い掛けてきてくれたんだ。 「SNSで日常ツイートする時、たまに写真アップしてますよね。それで勤め先の場所や住んでる地域を特定して、近くの大学を受けました」 「そうか……エッ? 今なんて???」 「今日の居酒屋も以前キタセさんがアップした写真の背景に写ってたメニュー表や食器の柄から割り出しました。二十歳過ぎてやっと酒が飲めるようになったし、普段通ってる店なら誘えば来てくれるかなと思って」 「なにしてんの???」  だんだんストーカーじみてきたんだが?  さっきまでのしんみりした空気がどっか行った。 「君が俺のファンだってことは分かった。でも、それとさっきの行為は関係ないだろ」 「確かに、今日は直接作品の感想を伝えられたらいいな〜くらいに考えてました。でも、実際に会ったら気持ちが抑えられなくて」 「でも、それは」 「SNSでやり取りしてる時から毎回返信が丁寧で言葉を尽くしてくれて、作品だけでなく人柄に惹かれました。絶対に他人のことを悪く言わないとことかも。それで直接会ったら予想以上に可愛くて、見た目も声も仕草も全部ツボで」  八歳も年上の男に可愛いを連発するな!  声や仕草が可愛いわけないだろ! 「さっき、男は好きじゃないって」 「男に興味はありません。キタセさんだから好きなんです」 「好っ……!?」  あまりにもストレートな告白に顔が熱くなった。  男ではなく、俺だから好きなのだと彼は言った。そんな風に言われたのは初めてだ。 「すみません。告白する前に襲ってしまって、嫌われて当然のことをしました。でも、キタセさんを好きだという気持ちは本物なので」 「わ、分かった」  許しを請うように項垂れるサクラちゃんを見ていたら、なんだか可哀想になってきた。  確かに突然下半身を触られて恐怖を感じたが、怪我をさせられたわけじゃない。むしろ気持ち良くなっただけ。そう考えたら、ずっと怒り続けているのが馬鹿馬鹿しくなった。 「……もういい。さっきのは許す」 「ホントですか!?」  許すと言った瞬間、サクラちゃんはパッと顔を上げた。満面の笑みだ。こうして笑っている方が彼らしい。 「キタセさん、好きです」 「……うん」  正面からぎゅっと抱き締められる。さっきまでは怖かったけど、今はなんだかこそばゆい。不快ではない。むしろ心地良いくらい。ずっと好きだったサクラちゃんからこんなに想われていたんだ。嬉しくないわけがない。 「俺も好きだよ」  耳元でそう囁くと、サクラちゃんが真っ赤になって身体を離した。 「え、嘘。ホントに?」 「この数年間ずっと俺を励ましてくれてただろ? サクラちゃんがいなければとっくに筆を折っていたと思う。君の存在が俺の一番のモチベーションなんだ。性別とか関係なく、俺は君自身が好きだよ」 「……っ!」  今度は彼が泣き出してしまった。  ほら、やっぱりサクラちゃんの方が可愛い。  気付いたら、無意識のうちに顔を近付けてキスしていた。軽く済ませるだけのつもりだったのに、ガッと顔を掴まれた。逃げられないように固定され、そのまま深く口付けられ、舌まで入ってきた。 「んむ、んんっ」  さっきまで泣いていた癖にスイッチが入るとこうだ。俺が逃げないと分かると、手がどんどん下に降りていった。胸元を撫で、脇腹をなぞり、下腹部へ。  しかし、途中で手の動きが止まった。 「す、すみません、オレ、また……」  先ほどのように拒絶されるのを恐れたのだろう。申し訳なさそうに手を引っ込め、一歩後ろへ退がった。 「好きだって言っただろ。だから、いいよ」 「き、キタセさん……!」  恐る恐る伸ばされた手を取り、自分の頬に添えた。緊張しているのか、手汗で少し湿っている。下半身は平気で触った癖にと思ったらおかしくて、つい笑ってしまった。 「やっぱり可愛い」  再びベッドに押し倒される。今度は両手を拘束されていない。自分からサクラちゃんの背中に手を回して思い切り抱き締めた。 「はぁ、はぁ……っん、」  ゆっくりと出し入れされる指の動きに合わせて荒い息を吐き出す。いつのまにかお互い服を脱ぎ捨て、ベッドの上で裸で絡み合っていた。サクラちゃんは最初の時と違って無理やり俺を押さえ付けることはしていない。彼の下で脚を開いているのは、間違いなく俺の意志だ。 「キタセさん、痛くないですか」 「ん、大丈夫。違和感すごいけど」 「もうちょい馴らしますね」  さっきから弄られているのは俺の尻だ。なんとなくそんな気はしていたが、俺が女役をするんだな。でも、なぜか嫌ではない。金髪イケメン大学生のサクラちゃんが気遣いながら求めてきてくれるのが嬉しいからだ。 「ッ……」  指がある一点を掠めた時、それまでの違和感が吹っ飛ぶくらいの快感が身体に走った。唇を噛んで声が出ないように堪える。その反応を見て、サクラちゃんがごくりと喉を鳴らした。 「ごめんなさい、もう我慢できない」  よく考えたら、さっきから気持ちよくなってるのは俺だけだ。サクラちゃんは一度も出してない。視線を下に向ければ、痛いくらいに張り詰めたものが目に入った。  え、これ、俺を見て興奮してんの?  本気で俺を抱きたいって思ってんの? 「痛かったら言ってください」 「え、ちょ待っ……〜ッ!!」  指が引き抜かれたばかりで少し緩んだ後孔に、勢い良く突っ込まれた。いや、侵入(はい)ったのはまだ先端だけなんだけど、カリの部分が穴を押し広げた時に凄い圧迫感を感じて驚いてしまった。思わずサクラちゃんにしがみ付いて動きを止める。 「こ、このまま少し待って」 「クッ……頑張って耐えます……」  後孔が馴れるまで動くなと言えば、サクラちゃんは歯を食い縛って我慢してくれた。  こんなハンパな状態で止められたらツラいよな。でも耐えてくれ。俺も俺の身体が心配だ。こんな太いものを尻穴に出し入れする経験は二十八年間の人生で一度もない。もし切れたりしたら日常生活に支障が出てしまう。  挿入されたまま抱き合っていたら、体内にあるサクラちゃんの存在がだんだん分かってきた。きゅう、と下腹部に力をこめてその形を体に馴染ませる。 「っあ、キタセさん、それダメ」 「え? なにが」 「急に締まっ……」 「こう?」 「アッ……!」  なんと、動いてないのに後孔の締め付けだけでイッてしまったらしい。体内で脈打つものからドクッと何か溢れてくるのを感じる。  あ、これ中出しだな。サクラちゃんちにはゴムもローションも無かったからそのまま挿れたんだった。俺が三回目に出した精液を潤滑油代わりにしたくらいだ。がっついてきた癖に快感に弱いみたいだし、見た目チャラいのに意外と遊んでないのか? 「ごめ、なさい。オレ、初めてで」 「初めて!?」 「だって、キタセさん以外に興味なくて」  なんということだ。イケメン大学生の初めての相手が俺でいいのか。急に申し訳ない気持ちでいっぱいになってきたぞ。 「大丈夫、こうしてるだけで俺は嬉しいよ」  暴発して落ち込むサクラちゃんの金色の髪をそっと撫でながらフォローする。一度射精して小さくなったぶん、尻の負担が軽減したから気持ちにも余裕が出来た。このまま終われば歩いて自宅に帰れる。  そう思っていたんだけど…… 「あ、あれ? なんでまたデカく?」 「もう一回お願いします」 「さっきので終わりじゃないの?」 「まだ満足してないです」  少し小さくなっているうちに奥へと挿入され、そこでじわじわと質量が増してきた。気のせいか、さっきよりデカくないか?  体内でナニかが膨らんでいく感覚に思わず身体を引こうとするが、サクラちゃんは俺の腰をガシッと掴んで離さない。 「お願い、キタセさん」 「うっ……」  この顔に上目遣いで強請られると弱い。  俺は逃げるのをやめ、覚悟を決めた。 「足腰立たなくなったら責任取ってくれよ」 「!……ハイッ!」  満面の笑みを浮かべるサクラちゃんを見て、ああ、やっぱり可愛いのは君のほうだと再確認した。 「……っあ〜、気持ちいい、最高」 「うっ、く……」  激しく揺さぶられながら、じわじわと身体の奥底から湧き上がる快感に必死に耐える。  許可した途端、サクラちゃんは全く遠慮することなく俺の身体を貫いた。一度出したことで少し余裕が出来たんだろう。今度はすぐに達する様子はない。さっき腹の中に出されたサクラちゃんの精液が滑りを助け、ぐちゃぐちゃと卑猥な音を立てている。 「キタセさん、キタセさん、キタセさん」 「っあ、っ、さ、サクラちゃ……」 「キスしていい? キスしながらイキたい」  返事の代わりにサクラちゃんの首に手を回すと、彼は嬉しそうに俺を引き寄せて唇を重ねてきた。 「はぁ……、んっ……」  すぐに舌が差し込まれ、口内を舐め上げられる。舌先で上顎をつつかれただけで気持ち良さに頭が痺れた。目を閉じ、しっかりと首に抱き付いて俺からも舌を絡める。上と下を同時に刺激されているせいで、もう限界が近かった。 「んむ、んん〜〜ッ……!!」  ビクッと何度も身体が痙攣して、繋がったままイッたのだと分かった。俺に少し遅れてサクラちゃんも中で達した。  汗だくの状態でしばらく抱き合い、呼吸を整えていたら、サクラちゃんからまたキスされた。 「キタセさん、好き」 「……うん、俺も」  しかし、なんでだろう。  なぜ俺はこんなに彼に惹かれてしまうんだろう。  幾らファンだと言われたからって、イケメンだからって、相手は今日初めて顔を合わせたばかりの男だ。普通はもっと心理的な抵抗があるものでは? 「キタセさん、俺の見た目好きでしょ」 「うん、好き」 「……あのさ、気付いてないかもしれないけど、キタセさんの書く小説の主人公、ほとんど金髪なんだよね」 「……エッ?」  そんなバカな。……いや、そうかもしれない。ヒロインの髪色や髪型は毎回変えているが、主人公だけは金髪だ。それは小説の舞台がファンタジーでも現実世界でも変わらない。  え、嘘。  俺、金髪が好きなの??? 「やっぱり無自覚だったんですね」 「え、うん、今言われて気が付いた。やっべぇ、なんか急に恥ずかしくなってきた!!」 「だから大学進学をきっかけに金髪にしたんです。少しでもキタセさんの好みに近付けるようにって」 「俺に好かれるために?」  おいおい、普通そこまでするか?  いや、俺の住んでる地域を特定して近くの大学を受けたりするような奴だ。髪を染めるくらい平気でやるか。 「サクラちゃんてかなり執着強いよね」 「十年モノの恋なので」 「お、重い……」  思わず身体を離そうとしたが、腰が痛くて起き上がれなかった。日頃の運動不足が祟ったな。これじゃ逃げたくても逃げられない。 「これからは直接感想を伝えさせてくださいね、聖司(せいじ)さん」  そう言って、サクラちゃんは俺の身体を抱き締めた。  ん?待って。  なんで俺の本名知ってるの?  聞きたいことは色々あるけど、なんだか怖いのでやめておいた。どこまでも追い掛けてきそうだし、今更逃してはくれないだろう。  ──俺ももう逃げる気はないからな。

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