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第26話-1 隠し部屋

 突然私に教育係が付いた。なんでもブルーノが貴族に嫁に出すのなら内面も淑女にならなくてはいけないと王都から呼び寄せてくれたらしい。なんで今頃?お父様は王都と名のつくものなら何でも喜んで受け入れてしまう。 「はじめまして。今日からお世話をさせていただきます」  平凡な顔立ちの女性の教育係を見てうんざりしたわ。もっと洗練された女性が来るかと思ったのに。 「どうしてそんなつまらない顔をされてるのですか?」 「うるさいわね。貴方なんかに私の気持ちが分かるものですか!私は爵位の高い高貴な方に嫁ぐことが決められていたのよ。それなのにどうして?私のような美しくて可愛い女性がどうして……」 「はい!そこまでよ!まず、どうして爵位の高い方に嫁がないといけないのですか?」 「え……だってそれはお父様が」 「そこにお嬢様の。アンジェリカ・ノワールの気持ちは?考えはあるの?」 「わ、私の考えですって?だってお父様は女は余計なことを考えるなと……」 「まあ、女性に向かって女呼ばわりするなんて!そんなの女性蔑視よ!」 「そんなの……お父様は私を道具にしか見てないのよ!どうせ私なんか誰も相手にしてくれないのよっ」 「悲劇の中心になるのはおやめなさい。相手にしてくれないなら見返してやりなさい」 「え?見返す?」  教育係が私の目をまっすぐに見つめる。くもりのない綺麗な瞳。なんだろう。この安心できるような雰囲気。不思議な人。 「もっと自分の気持ちを話してみて」 「私は同じ年代の子供と遊んだこともないのよ。友達もいない。お父様のいいつけどおりに頑張って来たわ。これだけ頑張ってる私が可愛く素晴らしい女性でないはずないじゃないの!」 「そう思い込むことで自分を保っていたのね」 「なによ。私を馬鹿にする気?」 「いいえ。本当は寂しいのではないの?きちんと貴女の事を理解してくれる人がいなかっただけ」 「寂しいですって?私が?……ううう」  涙がぽろぽろこぼれた。どうして?泣いたことなんかなかったのに。 「よしよし。貴女はちゃんと叱られたことがなかったのね」  ちゃんと叱られる?お父様はいつも怒鳴ってばかり。私は怒鳴られるのが嫌で言う事を聞いていただけで。誰かにこんな風に抱きしめられたのは久しぶりだった。私を抱きしめてくれたのは幼いころにお母さまだけだった。 「うぅうう……」 「貴女はとても純粋な子よ。ただ世の中を知らないだけ。だって誰も教えてくれなかったのだから。良いことと悪い事の区別が分からないだけ」 「……ぐす……教えてもらったら皆に好きになってもらえる?」 「ええ。私が教えてあげるわ。うふふ。私ね、一度女の子を育ててみたかったの!」  彼女はお母さまのような匂いがした。それになんとなくアルベルト様に似てる気がする。

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