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二人の気持ち

<sideクリス> これは流石に誘ってくれているのではないか? 愛しいトモキにこうまでさせて……男として恥ずかしくないのか? 意を決して腕の中のトモキに声をかけようとすると、 「――っ!! 寝てる……」 トモキは幸せそうな表情を浮かべぐっすりと寝入っていた。 「ははっ……なんだ……」 そうだな。 トモキが誘ってくるだなんて、そんなことあるわけがなかった。 それなのに、私はそんな邪な思いをトモキに向けるだなんて……。 トモキ……申し訳ない。 すやすやと腕の中で眠るトモキをギュッと抱きしめながら、心の中で謝っていると 「うーん、く、りすさ、ん……ふふっ」 トモキの可愛い寝言が聞こえてくる。 「――っ、まさか私が夢に?」 聞き間違いかと思い、じっとトモキを見つめていると何やらまだ口が動いている。 「く、りす……さん……すきぃ……」 「くっ――!!!!」 まさか、トモキから先に愛の言葉を聞けるとはっ!! 色恋ごとの知識がまるでないトモキの口から私への愛の言葉を聞けるとは思っても見なかった。 ああ、トモキ……夢物語に現れた私は其方とどのようなことをしているのだろうか。 愛しいトモキと口づけでもできているのだろうか。 トモキと口づけ……。 見れば、私の目の前に小さくて形の良い可愛らしいトモキの唇がある。 あまりにも艶やかな唇に心惹かれる。 この唇でさっき私への愛を囁いたのだ。 そう思うだけで、感情がどんどん昂ってくるのがわかる。 ついさっき何もしないで抱きしめるだけだと誓っていたはずなのに、一度昂った感情はなかなか冷めてくれない。 トモキ……許してくれ。 トモキからの愛を聞いた今は、理性などあってないようなものだ。 私は本能のままに動くただのケダモノだ。 重ね合わせるだけで我慢するから……。 だからトモキの唇を私に与えてくれ。 トモキが私を信頼して寄り添ってくれているのに勝手に奪ってすまないと思いながらも、自分でもどうしようもできない昂りに支配されるように、私はゆっくりとトモキの小さな唇に己のそれを重ね合わせた。 「ん――っ!!」 重なった瞬間、とてつもない快感が私の中を駆け抜けていった気がした。 なんだ? 今の感覚は……。 驚きつつも、トモキの柔らかな唇の感触に離れることもできず、ただひたすらに唇の感触を味わい続け、 「んんっ」 苦しげなトモキの声にようやく我に返った。 眠っている相手に対してなんてことをしてしまったのだろうという後悔はある。 だが、トモキと口付けを交わしたことは決して後悔していない。 私はトモキを生涯の伴侶とする証として、口付けをしたのだ。 私の唇は生涯トモキだけのものだ。 そして、トモキの唇も私だけのものだ。 トモキがなんと言おうと絶対に手放したりしない。 私はトモキを愛しているのだから……。 <side智己> 父さんと母さんが亡くなって、悲しみに沈む暇もなく僕の力のなさのせいで裁判に負けて、見たことのないような大金を相手に払うことになって、父さんたちが住んでいた家も、僕のためにと残してくれていたお金も、父さんたちの保険金でさえも全て使っても足りないほどだった。 行き場のない僕を親身になって助けてくれて、その上、マスターの大切な喫茶店で働かせてくれることになって……申し訳ないと思いつつもそこまで甘えさせてもらうことにした。 それなのに、家も用意してくれると言われた時は流石に申し訳なさの方が多くて、これ以上迷惑を掛けられないと必死で断った。 父さんだって、僕がマスターに迷惑を掛けていると知ったらきっと怒るんじゃないかと思ったんだ。 なんとか自力で探し出した家は驚くほどボロボロだったけれど、それでもこれ以上マスターに迷惑を掛けなくて済むと思ったら嬉しかった。 でも、貰ったバイト代からも相手方への支払いは続いていて、どれだけ働いても余裕のない生活に疲れ果ててしまっていた。 マスターはそんな僕を心配して、バイトに行くたびにマンションに来ないかと言ってくれたけれど、僕は大丈夫だからとずっと断っていたのに……ようやく支払いも終えたと思ったのに、今度はアパートの取り壊しが決まってどうしようかと思っていた。 なんとかギリギリまでお金を貯めればなんとかなるかもなんて思っていたのに、クリスさんと出会って事態は一変した。 クリスさんのおかげで引っ越しができるようになり、その保証人を頼みに行ったはずなのに何故かマスターの家に移り住むことになってしまっていて、しかもその日のうちに荷物も運び出されてしまった。 今朝まではあのアパートにいたはずなのに……。 今、僕の目の前にあるのはとてつもない広いリビングのある広い部屋。 なんでこんなことになってしまったのか……もうわけがわからない。 ただやたらとマスターとクリスさんが仲良しになっている。 寝室のベッドの買い替えも、これから数日休みになってしまったことも僕には意味がわからないのに、二人は理解しあっているようだ。 なんだか複雑な気持ちだな。 マスターのお店で働くことももしかしたら迷惑だったのかも……なんて思って、気持ちが下がる。 けれど、クリスさんは 「タツオミはトモキの身体を気にしただけだ。今は何も気にせずにゆっくりと休んだほうがいい。身体が楽になれば、そんなことを思わなくなるはずだ」 と言ってくれる。 やっぱり僕よりマスターのことを理解していそうだ。 ベッドに連れて行かれて優しく寝かされると、今まで寝たことのない心地よさに驚いてしまう。 でもクリスさんが寝室から出ようとしているのを見ると途端に心細くなった。 ここ数年はずっと一人で寝ていたのに。クリスさんと数日一緒に寝ただけでクリスさんがいないと眠れなくなっている自分がいる。 わがままだと思いつつも、隣にいてほしいとお願いするとクリスさんは驚きながらも隣に寝てくれた。 新品のベッドの匂いにふわりとクリスさんの香りが漂ってくる。 ああ、僕……クリスさんの匂い好きだな……。 気づけばクリスさんの胸に擦り寄っていた。 嫌がられるかと思ったけれど、クリスさんはやっぱり大人だ。 優しく僕を抱きしめてくれた。 その温もりに僕はあっという間に眠りに落ちていた。 ――トモキ、愛してる。トモキは私が好きか? クリスさん、そんなこと……。恥ずかしい。 ――恥ずかしがることはないだろう? トモキの気持ちが聞きたいんだ。 ふふっ。く、りす……さん……すきぃ……。 ――トモキっ!! ああ、トモキは私のものだ! んっ? なんだろう? この柔らかな感触………。 もしかしてこれって……キス? きっとこれは夢だ。 でも気持ちがいい。 ずっと感じていたい。 どうしてそんなことを思うんだろう……。 そう考えてわかった。 僕……クリスさんが好きなんだ……。

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