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本来の姿
<sideジュリアーノ>
「父上、お待たせしました」
「ああ、問題な――っ!!!」
ダイニングルームでクリスティアーノとトモキがくるのを今か今かと待ちながら、先ほどマイルズから言われたことを反芻して、ある程度の覚悟を持っていた。
しかし、私の覚悟の遥か上を行く二人の姿に言葉も出なかった。
揃いの衣装に身を包み、ほんの少しでも離れたくないのか、腕に抱きかかえたトモキをギュッと抱き込んでいる。
それをトモキが全く嫌がっていないところを見ると、もうこれがここでは普通になっているということだ。
――旦那さまには目の前でどんな光景があろうとも、普通にしていていただきたいのです。むしろ、これが普通なのだとトモキさまにおっしゃっていただいて構いません。
マイルズの言葉を思い出す。
私は決して驚いてはいけない。
たとえどんな状況であろうとも、クリスティアーノのため、そしてこの国のために……。
心の中でそっと深呼吸をしてから、二人に話しかけた。
「二人とも、その衣装よく似合っているな。さぁ、食事にしよう。かけなさい」
「はい。父上」
私の言葉にクリスティアーノは嬉しそうにトモキに視線を向けた。
「我々の衣装、父上が褒めてくださったな。トモキ」
「はい。とっても嬉しいです。ありがとうございます、お父さま」
ほんのり頬を染めながら私に礼を言うトモキは実に可愛らしい。
だが、決してトモキを見過ぎてはならぬな。
クリスティアーノの嫉妬を買うことになる。
あまり見ないようにしなければいけないが、かといって、あまり見ずにいればトモキは私に嫌われたと思うかもしれない。
ああ、なんともどかしいのだろう。
二人のことも誉めつつ、トモキの顔を見るようにするのが一番いい方法かもしれない。
マイルズが私とクリスティアーノの前に食事を置いていくが、トモキの前には何もない。
はて、どうしたものか……と思っていると、理由はすぐにわかった。
「トモキ、次はこれにしよう」
「はい。あーん。んー、おいしいです」
「そうか、次はパンにしようか」
「はい。んんっ。ちょっとおっきぃです」
「ふふっ。そうか、トモキの口は小さいのだったな。ほら、これでどうだ?」
「んー、おいしいです」
「ああ、トモキ。ソースがついてしまったな。とってやろう」
「ふふっ。くすぐったいです」
「トモキ、パンを私にも食べさせてくれないか?」
「はーい、あーんしてください。あっ、指まで食べちゃダメです」
「悪い悪い、口が大きいからつい指まで入ってしまった」
「ふふっ。クリスさんの口、おっきぃですもんね」
「………………」
いやはや、私は何を見せられているのだろう。
なんの言葉を挟む余地もないほど、二人の甘い雰囲気に囲まれてしまっている。
クリスティアーノがあんなに嬉しそうにトモキの口にせっせと料理を運ぶとは……。
クリスティアーノが私がいる前にも関わらず、トモキの口に垂れたソースを舐めとるとは……。
クリスティアーノが食べさせてくれとねだったり、わざとトモキの指を舐めたりするとは……。
マイルズの言った通り、ここには私の知るクリスティアーノはいないようだ。
今までのクリスティアーノの姿から考えれば、到底信じられない気持ちでいっぱいだが、以前よりもかなり人間的になったとみえる。
いや、もしかしたらこれがクリスティアーノの本来の姿だったのかとさえ思う。
我々では見つけ出すことができなかったその姿を、トモキが引き出しにきてくれたのかもしれないな。
なんとか、二人の様子に干渉しないように努めながら食事が終わった。
「トモキ、お腹はいっぱいになったか?」
「はい。とっても美味しくて大満足です」
嬉しそうに話すトモキだが、おそらく私の半分程しか食べられていないだろう。
持病があり、食事量の少なくなった私よりも少ない量で満足してしまうとは……身体が小さいにしても少なすぎる。
私がクリスティアーノと引き裂いたことによって、死ぬ寸前の姿になっていたと報告を受けたが、今あまり食が進まないのはそのせいもあるのだろう。
私のせいだな。
ここでしっかりと食事を摂らせ、今より元気になってもらわねばな。
寿命のままで生きられればいいと思っていたが、トモキを元気にするまでは私もくたばってなどおられん。
近いうちにニコラスに相談してみるとするか。
「ところで、クリスティアーノ。しばらく騎士団の方を休んでいるが、来週の新入団員の初訓練には出てきてほしいと兄上が仰っていたぞ」
「ああ、もうその時期でしたか。それは必ず出席することにします」
「そうか、それなら安心だが。トモキはその間、どうする?」
「トモキはもちろん連れて行きます」
「えっ? 連れていくのか?」
てっきり誰にも見せたくないから屋敷に置いていくとばかり思っていたのだが、どうやら違ったようだ。
「私がトモキと離れるはずがないでしょう。トモキにも騎士団の訓練に連れていくと話をしていましたし、一緒に行ってくれるだろう?」
クリスティアーノが笑顔でトモキに告げると、トモキはこの部屋が一気に春を迎えたかのような、実に可愛らしい笑顔で
「わぁーいっ! もちろんです!! クリスさんが戦っているところ見られますか?」
と目を輝かせて聞いている。
なるほど。
わざわざ訓練場に連れていくのはトモキに自分の勇姿を見せるのが目的か。
クリスティアーノもただの男だったのだな。
自分の息子の意外な一面を垣間見れて、私は嬉しくなっていた。
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