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ルイージの微笑み

<sideクリス> 模範試合に本気になることはない。 騎士団にトップで入団してきた者とはいえ、本来ならば私の相手ではないからだ。 だが陛下に、騎士団に憧れて入ってくる者に夢を見させてあげたいと言われたら断るわけにもいかない。 だから、私は模範試合の前にはすでに相手となる新入団員の力量を見定め、その者と少しでも長く良い試合をしてこれからの糧にしてもらうことにしていた。 今年もいつもと同じになるはずだった。 だがいつもと違ったのは、トモキの存在があるということ。 トモキをここに連れてきたのは、騎士団の皆にトモキが私の大切な伴侶であり、この国で陛下よりも優先して守らなければいけない救世主であるということを知らせるとともに、絶対に手を出してはならないと牽制するため、そして、トモキが私の訓練を見たいと言ってくれたことが何よりの理由だ。 トモキが私の手合わせを見ている。 それだけでいつもよりかなり浮かれていたと思う。 今年の相手はルイージ。 ここ数年の騎士団入団者の中では一二を争う実力の持ち主だろう。 とはいえ、やはり私の相手ではないが。 タツオミの掛け声と共にルイージが突っ込んでくる。 ふふっ。若くて力も強い。 ほんの少しの隙でもあれば、私を倒そうという気持ちが窺える。 こんなふうに私に戦いを挑んでくるとはな。 ルイージはやはり他の騎士たちとは一歩も二歩も進んでいるようだ。 ルイージのような新入団員がいる限り、まだまだこの騎士団も安泰だろう。 もう少しルイージの相手をしてやろうか。 そう思っていると、突然 「クリスさんっ! 頑張ってっ!! 勝ってーっ!!」 とトモキが私を応援する声が耳に飛び込んできた。 その瞬間、私は一気に我を忘れ、目の前にきた木剣を渾身の力で弾き飛ばしていた。 ドォーーーンっ!! 破壊的な激しい音に一瞬で我に返ると、目の前で茫然と立ち尽くしているルイージの姿があった。 模範試合を見守っていた騎士たち、そしてタツオミも驚きにみちた様子で声もなく、ただ天井に突き刺さった木剣を見つめている。 とんでもないことをしてしまった…… そう思った瞬間、 「団長っ!! 何をやってるんですかっ!!」 とジョバンニの怒りの声が訓練場中に響き渡った。 「悪いっ! つい、本気になってしまって……。ルイージ、本当にすまない」 まだ茫然としているルイージにそう謝ると、ルイージはようやく私に焦点を合わせてくれながら嬉しそうに笑った。 その意味深な微笑みに私は少し恐怖を抱いた。 「る、ルイージ? どうした? 大丈夫か?」 「はいっ! クリスティアーノ団長っ!! 私は嬉しいですっ!!」 「嬉しい? どういうことだ?」 「団長が今までに本気になった相手は居られないと伺っています」 「あ、ああ。確かにそうだな」 タツオミには少し本気を出したが……という話は今は内緒にしておこう。 「その団長が私に本気を出されたのですよ!! こんな嬉しい話がありますか?」 「えっ? あっ、そうだな」 ルイージの力に慄いて本気を出したわけではないのだが……。 まぁ、こんなにも喜んでくれているのだからそれでよしとしておくか。 私は本気になったかどうかはともかく、ルイージの力はかなりの戦力になるのは間違いない。 「ルイージ、これからのビスカリア王国の平穏を守るためには其方の力が必要だ。これからもより一層の訓練に励んで、他の騎士たちの良い模範となって頑張ってくれ」 「はっ! ありがたきお言葉を頂戴して光栄です! しっかりと胸に刻みます! 本日はお手合わせをいただきありがとうございます!!!」 ルイージは頬を高揚させ興奮しながら姿勢を正し、深々と頭を下げた。 「タツオミ、その他の騎士たちの訓練を頼む。私はトモキの元に行ってくる」 「承知しました」 タツオミにそう頼むと、私は急いで観覧席へ向かった。 私の顔を見てトモキは安堵の表情をみせ、その隣で立ち上がったジョバンニが険しい表情で私を見ていた。 ジョバンニが何を言いたいかはわかっている。 だが、今は何も言わずにいてくれ。 そう目で訴えると、ジョバンニは私の意図に理解したのか、はぁーっと大きなため息を吐きながらも静かに腰を下ろした。 「トモキ、心配したか?」 「はい。すごく心配しました。あの……最後、あの剣が飛んで行ったのが早すぎてよくわからなかったんですけど、大丈夫でしたか?」 「ああ、大丈夫だ。問題ない。あのルイージがなかなかに強敵だったからな。だが、トモキの応援がある私が負けるわけがないだろう?」 そういうと、トモキは嬉しそうに笑いながら抱きついてきた。 「と、トモキ……っ」 珍しい、人前でトモキの方から抱きついてきてくれるなんて……。 「僕……クリスさんの役に立ちましたか?」 「くっ――!」 上目遣いに可愛らしく尋ねられて、一瞬で昂りそうになるのを必死に抑えた。 「ああ、もちろんだよ。トモキがいてくれて本当に良かった」 「じゃあ、僕……クリスさんの訓練の時は毎回ここにきて応援しますね」 毎回……応援? うーん、断るのはかなり難しいな……。 だが、トモキの応援が聞こえると手加減を忘れてしまうからな……。 とりあえず訓練場の天井を木剣で破壊できないような鋼鉄製に変えておくか?

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