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第2話 十年越しの初デート(6)
「なっ……食いもんで釣ろうとすんじゃねーよ!」
顔を赤くして返せば、高山がおかしそうに笑った。
侑人は歯噛みしながらも、やはり食事の手は止まりそうにない。手玉に取られているようで複雑にもほどがある。
「でもいいよなあ、こうして二人でゆっくり飯食いながら話すの。いかにも恋人同士の休日です、って感じでさ」
またもや高山がふざけたことを言い、侑人はドキッとした。
そんなこちらの様子を楽しそうに眺めつつ、高山は「ああ」と思い出したように言葉を続ける。
「そうだ。休日といえば、侑人はいつも何してるんだ?」
「互いのプライベートには、って話はどうしたんだよ」
「俺らもう、今はセフレじゃなくて恋人だろ?」
「………………」
そう言われてしまえば、黙るしかない。
それに隠すようなことでもないし、せっかく会話も弾んでいることだ。「恋人」という響きに引っかかりを覚えながらも、侑人は素直に答えることにした。
「えっと――まずは朝のジョギングだろ。ちょっと前までは、婚活とそのための自分磨き。そんで仕事のスキルアップに資格対策と、あとは話題合わせに録画を倍速で見て、SNSとかニュースをチェックして」
「待て待てっ! 本気かよ、それじゃ休む暇もないだろうが」
指折り数えつつ挙げていたら、高山が慌てて止めに入ってきた。思わぬ反応に、侑人は少しだけ驚く。
「いい歳した社会人として、これくらい普通だろ?」
「あのな、お前の中での休日の意義はどうなってんだよ? そこに接待とか入ってくると思うと、俺はぞっとするぞ」
「えー……」
それからも昼食をとりながら、ぽつりぽつりと会話をする。
会話といっても話すのはもっぱら高山の方で、侑人は相槌を打ったり質問に答えたりするばかりだったが、気まずさなどは一切なく居心地のよさを感じていた。
食事を済ませたあとは二人で後片付け。そして、コーヒーを片手にのんびりと過ごした。
「言っておくが、倍速はなしだからな」と言われながら、配信サービスで映画をレンタルしたり、人気アーティストのライブやプレイリストを鑑賞したり……。
こう言ってはなんだが、あまりにも健全すぎる。いつもならとっくにセックスの一度や二度しているはずだろうに、今日はそういった空気にならなかった。
あったのは、ハグや手を重ねるといった軽いスキンシップだけ。が、心がふわついて、今まで感じたことのない充足感に満たされるのを感じた。
そうして、時間はあっという間に過ぎて日が落ちる頃合い。玄関で靴を履きながら、侑人は口を開いた。
「高山さん、今日はその――ありがとう。いろいろご馳走になったし、こんなふうにゆっくり過ごしたの久々で、楽しかったっつーか……」
言っているうちにだんだん恥ずかしくなって、「やっぱ今のなし」と小さく付け足す。柄でもないことをうっかり口にしてしまった気がする。
ところが、高山はさして気にした様子もなく微笑むばかりだった。
「こっちこそありがとな、俺も一緒に過ごせて楽しかった。本当は帰したくないところなんだが」
「悪いけど、今週中に片づけたい仕事あるから」
「わかったよ。じゃあ、また連絡する」
「うん」
侑人は軽く返事をし、バッグを手に取ろうとする。すると、高山が何か思いついたように声を上げた。
「あーちょっと待ってろ。忘れもんあったわ」
一旦部屋に戻ったかと思えば、すぐに戻ってくる。それから、「ほら」と何か弧を描くように投げつけてきた。
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