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第4話 恋に落ちたあの日のこと(7)

 侑人は何か言いたげに口を開きかけたが、結局何も言わずに俯いてしまった。  その反応だけで答えは明白だ。やはりまだ本城のことが忘れられず、傷ついているに違いない。こんな状態で、下手に手出しなどされたくなかった。 (だって、こいつのことは俺が――)  俺が、なんだというのだろう。  赤の他人とまではいかないが、一度寝ただけの存在にすぎないというのに。それ以上言葉が出てこなくて、高山はただ黙って相手を見つめることしかできなかった。  二人の間にしばしの沈黙が訪れる。静寂を破ったのは、侑人の深いため息だった。 「そんなことよか体痛いし。まずそっちの心配すんだろ。あんだけ激しくヤッといて、なんだよその態度……ムカつく」 「いや、『ムカつく』ってお前な」  思わず言い返そうとしたが、先に侑人が何か胸元に押し付けてきた。ズボンのポケットから取り出したらしいそれは、温かい缶コーヒーだった。 「き、昨日のお礼っ」 「は?」 「一応渡せたらと思って、さっき買って……でもクラスわかんなかったし、ちょうど会えてよかったっつーか」  言って、そっぽを向いてしまう。心なしか耳が赤くなっているように見えた。もしかしたら、先ほどの悪態は照れ隠しもあったのかもしれない。  高山は呆気に取られながらも、とりあえず缶コーヒーを受け取る。礼を言えば、侑人はこちらを見やって気恥ずかしげに頷いてみせた。 「迷惑とか、心配……かけてごめん。でも高山先輩が……くれたから、俺……」  後半は上手く聞き取れなかった。いや、きちんと言葉にされたかも怪しい。  侑人は慌ただしく踵を返し、挨拶もなしに校舎へと戻ろうとする。 「おい、瀬名」  呼びかけると、侑人が足を止めて振り返った。が、舌先をべーっと出しただけで、あっという間に走り去ってしまう。  その子供っぽい仕草に、自然と高山の頬が緩んだ。どこまでも不器用で、一つ一つの言動が可愛らしく思えてならない。 (なんで、そう俺に気を許しちまったんだか)  いつもより少し速い鼓動を感じながら、高山は壁に背を預ける。  そんなふうに懐かれたら悪い気などしない。相手のことを守ってやりたいだとか、独占したいだとか、自分の中にあった感情をあらためて自覚してしまう。  もう「どうして?」とは思わなかった。これを何と呼ベばいいのかなんて――答えは一つしかない。 「甘っ……微糖かよ」  プルタブを開けて缶コーヒーを傾けると、苦みと甘さが口いっぱいに広がった。なんだか今の自分の心情を表しているようで苦笑してしまう。 (あーやばいな、誰かを好きになるって。相手からしたら、俺のことなんて眼中にないってのに……)  さて、これからどうしたものか。とりあえずは放課後にでも連絡先を交換しようか――そのようなことを考えながらコーヒーを飲み干し、空き缶をゴミ箱に放り込んだのだった。

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