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第5話 あと一歩の気持ち(1)
世はクリスマスシーズン。
「瀬名さんは、何かご予定あるんですか?」と同僚から話題を振られたのも、つい先日のことだ。
そう、予定は確かにあった。ちょうど今年は週末にクリスマスイブが重なっており、高山から声をかけられていたのだ――協議の結果、プレゼントの類はなしで食事だけという話で。
しかし、当日になって、侑人は断りの連絡を入れることになってしまった。
「ごめん、高山さん。ちょっと今日無理そう……」
体温計に表示された数字を見て、うなだれる。
――三十八度一分。完全に風邪をひいたらしい。おまけに喉の痛みも酷くて、声もやや掠れているありさまだった。
『そうか、体調悪いなら無理すんな。辛そうな声してるし、今日のところはゆっくり休めよ』
通話越しに高山が心配しているのが伝わってきて、ますます申し訳ない気持ちになる。
体調管理には気をつけていたつもりだったのだが、年末にかけて忙しくなるばかりだったし、疲労が溜まっていたのだろうか。
(ああ、なんか悔しい)
せっかく楽しみにしていたというのに、こんなタイミングで風邪をひくだなんて。ついため息を繰り返してしまう。
「本当にごめん。料理の支度とかしてただろうに」
『そんなのいいって、元気になったらまたうちで飯食おうぜ。それよりもお前の体のことだろ。大丈夫なのか?』
「……ん、とりあえず薬飲んで寝る」
『ちゃんと胃に何か入れとけよ。買い置きは?』
「あー……」
そういえば今朝から何も食べていない。時計を見ればもう正午になろうとしていた。
気怠い体を引きずってベッドから抜け出し、キッチンへと向かう。冷蔵庫や戸棚を確認してみたが、大したものは入っていなかった。今から買い物に行く気力はないし、ゼリー飲料があるだけマシといったところか。
「大丈夫、冷蔵庫にゼリー入ってた。……高山さん。子供じゃないんだし、そんなに心配しなくていいから」
とりあえずコップに水を注いで薬を飲み下すと、再びベッドへ戻った。
高山とは少しだけ会話をして通話を切る。途端になんだか寂しくなって、侑人は布団の中に深く潜り込んだ。
「だる……」
風邪なんていつぶりだろう。子供の頃は季節の変わり目によくひいていたが、大人になってからはあまりなかった気がする。だからだろうか、こうして一人きりでいると心細くてたまらない気持ちになるのは。
こんなことなら素直になればよかった。つい意地を張ってしまったが、今になって後悔してしまう。
(高山さんが、いてくれたらいいのに)
ふとそんな考えが頭をよぎるも、すぐに打ち消すように首を振る。弱っているからといって、何を考えているんだと自分を叱咤し、侑人は瞼を閉じた。
それからどれくらい経っただろう。ピンポーン、とインターホンが鳴る音で目が覚めた。
(誰だよ……)
宅配便が届く予定はないはずだ。というか、今の状態では玄関まで行くことすら億劫すぎる。
侑人は無視を決め込んで布団を被り直すが、再度インターホンが鳴ると同時に、今度はスマートフォンが鳴り始めた。画面を見れば、高山の名前が表示されている。
「え、まさかっ」
慌てて通話ボタンをタップして耳に当てると、「もしもし?」と声をかけた。すると、ほっとしたような声が聞こえてくる。
『よかった、よほど具合が悪いのかと思った。見舞いに来たんだが、何だったら出てこなくていいから』
「いいっ、すぐ出るから待ってて」
侑人は通話を切るなり、ふらつく足で玄関へと向かった。
ドアを開けると、そこには心配そうな顔をした高山が立っている。なにやらエコバッグを手に提げており、中にはスポーツドリンクや果物の缶詰といった食料品が見受けられた。
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