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第5話 あと一歩の気持ち(2)
「よお。体の調子はどうだ?」
「っ、なんでわざわざ――俺、来てほしいとか言ってないのに」
思わず胸が熱くなるのを感じながらも、悟られないよう平静を装って口を開く。
本当は嬉しいくせに、つい憎まれ口を叩いてしまう自分が嫌になった。だが高山は気を悪くする素振りも見せず、侑人の額に手を当てて熱を測ってくる。
「ちょっと熱いな。……前に住所訊いといてよかった。随分としんどそうにしてたから、気になってたんだ」
部屋に上がってもいいか、と訊かれたので侑人は無言のまま高山を招き入れた。
高山はベッドまで付き添うと、布団を肩までかけてくれる。それから買ってきたものを冷蔵庫に仕舞ったり、額に冷却シートを貼ってくれたりと、甲斐甲斐しく世話を焼いてくれたのだった。
「食欲は? 何か食えそう?」
問いかけられ、思い出したかのように腹の虫が鳴った。
「あーそういや、なんだかんだで食い損ねてる……腹減った」
「おいおい、朝から何も食ってねえのかよ。雑炊でも作ってやるから、寝てていいぞ」
そう告げるなり、高山がキッチンに立って支度を始める。その姿をぼうっと眺めながら、侑人は人知れず息をついた。
(嘘みたいだ。『高山さんがいてくれたら』って思ったら、本当に来てくれた)
高山の純粋な優しさが身に沁みる。
そして、安心したせいだろうか。雑炊が完成するまでの数十分程度、うつらうつらしてしまったらしい。
呼びかけられて目を覚ますと、高山はトレーを手にやってきた。
「起きられるか?」
「ああ、大丈夫。……あれ、土鍋なんてあったっけ」
侑人は体を起こしながら、サイドテーブルに置かれた土鍋を見る。一人用の小さなものだ。
「いいだろ、これ。うちから持ってきたんだ」
言って、土鍋の蓋が開けられる。ふわりと湯気が立ち上がって、漂ってくる出汁の香りに食欲が刺激されるのを感じた。
「美味そう――」
土鍋には卵雑炊が入っていた。刻みネギも散らされており、見た目にも鮮やかで美味しそうだ。
「熱いから気をつけろよ」
「ん、いただきます」
高山が器によそって差し出してくる。かと思えば、唐突に引っ込めたので侑人はきょとんとした。
「なに?」
「いや、病人なんだし食べさせてやろうと思って」
レンゲで一口ぶん掬って、ふうふうと息を吹きかける高山。
と、それをこちらの口元に運んでくるものだから、思わず面食らった。
「は、はあ!? 何のつもりだよっ」
「ほら、あーん」
そんなベタな展開、大の男同士でやるものでもないだろうに。困惑するも、高山はお構いなしに距離を詰めてくる。
「………………」
結局、侑人は観念して口を開けるしかなかった。この間、時間にしてわずか数秒である。
「美味いか?」
「……美味い」
卵雑炊は文句なしの美味しさだった。白だしをベースにした味つけで、ほっとする優しい味わいが口いっぱいに広がる。
「よかった。残していいから、好きなだけ食えよ」
と、すかさずレンゲが運ばれてきて再び口元へ。
まるで雛鳥にでもなったかのようだ。親に餌付けされる動物ってこんな気分なんだろうか、とぼんやり思う。
一度踏み切ってしまえば、不思議と悪い気はしなかった。一口食べるごとに体の芯から温まっていくような感覚がして、夢中になって食べ進める。ついには、土鍋に入っていたぶんをすべて平らげてしまった。
「ごちそうさまでした」
空になった器を前にそっぽを向いて言う。腹が満たされたことで、心なしか体が楽になった気がする。
「お粗末様でした。薬飲んだらまた寝とけよ」
「あ……高山さん、もう帰る?」
咄嗟に引き留めるような言葉が出てしまい、ハッと慌てて口元を抑えた。
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