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第6話 愛しい人へ捧ぐ未来(8)

 先ほどの情事もあって、ふと頭をよぎったのは、高山に初めて抱かれた日のことだった。  あの日、行為の終わりに「先輩」と名を呼んでしがみついては、何を感じていただろうかと己に問いかける。  少なくとも、あれから高山以外の男に興味を持つことはなかったし、どうにかなる気もいまいち起きなかった。あらためて考えてみたら、単なる都合のいい相手では説明がつかない気がする。  つまり、それは――、 (まさか、そんなことって)  そう考えた方がしっくりくるものがあった。  おそらくは、自分自身とも素直に向き合うべきだったのだろう。  ――なんせ本人も気づかぬうちにこの気持ちは芽吹いていて、いつの間にか根を張っていたに違いないのだから。 (嘘だろ、嘘だろっ!)  一度意識してしまうと、もう駄目だった。途端に心臓が激しく脈打ち始め、体の熱が一気に上昇していく。  侑人は真っ赤になった顔を隠すかのごとく、再び布団に潜り込んだ。 「おーい、またミノムシかよ」 「うううるさいっ!」 「なんだなんだ? 素直になったりつんけんしたり、随分と忙しいな」  まるで小さな子供をあやすかのように、布団の上からぽんぽんと叩かれる。  なんだか余計に恥ずかしくなって、渋々と布団から出てみるも、やはり居たたまれない。年甲斐もなく、思春期特有の甘酸っぱい頃に戻ってしまった感覚だ。  けれど、少しの逡巡ののちに侑人は意を決する。 「あー、あのさ……俺ら、これからは正式に付き合うってことでいいんだよな?」  わざわざ訊くようなことでもないだろうが、それでも確認せずにはいられなかった。  高山は一瞬きょとんとした表情を見せるものの、すぐに笑みをこぼす。 「当然だろ?」  と、こちらの手を取ってきたかと思うと、 「今度は、結婚を前提に俺と付き合ってくれ」  手の甲に口づけながら、なんとも甘ったるい言葉を口にした。  相変わらずといってはなんだが、ドラマのワンシーンさながらのキザっぷりである。が、それが様になっているのだから、つくづくこの男はずるいのだ。 「ま、またそれかよっ! つーか、結婚って言うけど男同士でっ――」 「返事は?」  動揺のあまりまくしたてるも、途中で遮られてしまう。有無を言わせぬ口調に、侑人はぐっと言葉を呑み込んだ。  いくら気恥ずかしくたって、答えはとうに決まっている。 「……喜んでお付き合い、させていただきま……す」  侑人は視線を落としつつ、小さく頷いた。  その答えに高山は嬉しそうに口元を綻ばせ、こつんと頭をくっつけてくる。軽く擦り合わせるようにしながら、やんわりと髪を梳かれて、侑人の中にもあたたかな感情が溢れるのを感じた。 (あーあ……きっと俺も、同じような顔してるんだろうなあ)  そんなことを思いながら高山の頬へと手を伸ばし、侑人はキスをねだるように目を細めたのだった。

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