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第7話 ドキドキ♡温泉デート(2)

    ◇  旅行当日は、余裕を持って朝早くから出発した。  渋滞も予期していたほどではなく、高山の愛車である黒のレクサスが、軽快な走りで国道126号を駆けていく。  侑人が座る助手席の窓からは、のどかな市街地と青空が見えた。天候にも恵まれ、絶好の行楽日和である。  目的地は千葉の白子温泉――九十九里浜の海岸近くに広がる温泉地で、日本で最もテニスコートの多い町としても有名な地域。学生が合宿に利用することも多く、侑人も何度か訪れたことがあった。とはいえ、旅行で来るのはもちろん初めてだ。  車内では他愛もない会話を交わし、途中で休憩を挟みながら目的地を目指す。そうして昼前には九十九里エリアに到着した。  ひとまず海岸沿いをドライブしながら、海の駅で昼食をとる。旅館のチェックインまで時間がまだあったので、しばらく近辺を散策しようという話になった。 「わ、砂浜だ――」  車を降りて目の前に広がったのは一面の砂浜。見渡すかぎりの雄大な海。  思わず感嘆の声を漏らすと、隣で高山がフッと笑みをこぼす気配がした。 「合宿のときは来なかったのか?」 「いや、遊びで来てるんじゃないし。さすがにテニスばっかしてたって」  侑人はスマートフォンで写真を撮りながら辺りを見回す。  海岸には薄紫のハマヒルガオが群生していた。物珍しさに身を屈めて観察していたら、不意に横からシャッター音が鳴り響く。  遅れて顔を上げれば、そこにはミラーレス一眼を構えて笑う高山の姿があった。 「なに勝手に撮ってんだよ」  先ほどからずっとこんな調子だ。高山はことあるごとにパシャパシャとシャッターを切り、こちらの写真を勝手に撮りまくっている。 「いいじゃねえか。ほら、せっかくだし一緒に撮ろうぜ」  カメラの背面モニターを引き出すように操作し、高山が隣に並んでくる。自然な動作で肩を抱くや否や、「撮るぞ」とシャッターボタンが押された。 「恥ずっ……」  不意打ちのツーショットに、侑人はぼそりと呟く。  一方、高山は撮れた写真を確認して満足げに頷いていた。 「なかなかいい感じに撮れたな。ちょっとばかし誰かさんの表情が硬いが」 「おい」  からかうような口調に、侑人はすかさずツッコミを入れる。しかし、高山はそれすらも楽しんでいるようで笑顔を絶やさなかった。 「悪い悪い。……けど、こんなふうにのんびりするのもいいよな。人も少ないし気楽なもんだ」  言って、高山が波打ち際をゆっくりと歩き出す。その後を追うようにして侑人も歩き出した。  確かにこの海岸には、自分たち以外の観光客があまりいないように思える。いるのはほとんどがサーファーで、こちらになど目もくれずに波と戯れているようだった。おかげで人目を気にせず過ごせるのはありがたいのだが――、 (もしかして、俺のために? 俺が人目とか気にならないようにって?)  温泉旅行に行きたいというのが二人の間で決まったとき、高山が真っ先に提案してきたのが白子温泉だった。  東京近隣の温泉地といえば、やはり熱海や箱根あたりが定番だろう。白子はそれらに比べて知名度が低く、観光リゾートといった雰囲気でもないので、意外なチョイスだと感じていたのだ。今思えば、気を利かせてくれてのことだったのかもしれない。 (あーどうしよう……嬉しい)  ドキドキしつつ隣に並べば、ふとした拍子に手が触れ合った。  少しだけタイミングを見計らいながらも、侑人はそれに背中を押されるようにして、高山の手をそっと握る。  驚いたのか、高山は反射的に顔をこちらへ向けてきた。侑人は慌てて言い繕う。 「えっと、誰も見てなさそうだし」

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